第9回孤独な母親、はまった陰謀論 4歳の娘を守るためだった
【番外編】 ラビットホールから抜け出るまで 陰謀論と米国:上
「ラビットホール」は、うさぎの巣穴という意味だ。英国の小説「不思議の国のアリス」で主人公が入り込むことから、「はまったら抜け出せない」という意味を持つ。
現在、米国では陰謀論集団「QAnon(キューアノン)」の主張にはまってしまう人たちを「ラビットホールに入り込んだ」と表現する。米サウスカロライナ州マートルビーチに住むアシュリー・バンダービルトさん(27)も、そんな一人だった。虚偽の情報に踊らされ、生活も支配された。
ラビットホールにはまり、抜け出すまでの、彼女の足跡を追う。
ポッドキャストでは、アシュリーさんへのインタビュー音声を交え、藤原学思記者が解説します。
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きっかけはTikTok
きっかけは、スマートフォン用動画アプリ「TikTok」だった。バンダービルトさんが4歳の娘のエマーソンちゃんと一緒に、マートルビーチに引っ越したのは2019年6月。それまでは経済的にも、家庭的にも苦労が続いていたが、海沿いのリゾート地で、生活はうまくいきそうな気がしていた。
【連載ページはこちら】 陰謀論 溶けゆくファクト
「米政財界や主要メディアは『ディープステート』(影の政府)に支配されている」。米国でそんな陰謀論に同調する輪が広がり、トランプ前大統領を支持する人たちが連邦議会議事堂を襲撃する事件にまで至りました。陰謀論にとらわれた米国人女性が、「自分は間違っていた」と気づくまでの出来事を、番外編「ラビットホールから抜け出るまで 陰謀論と米国」(連載第9回と10回)としてお伝えします。
数カ月後、ハリケーン「ドリアン」が米国の東海岸を襲い、マートルビーチにも非常事態宣言が出された。そんなときに親族や友人から相次いで教えてもらったのが、「TikTok」だった。
数日間、自宅に閉じこもりながら見ていると、なるほどおもしろい。3~60秒の短い動画を投稿するアプリで、視聴履歴に基づき、AIが「おすすめ」動画を表示し続けてくれる。10月にかけて自らも、音楽に合わせて口パクをする動画などを3本、投稿した。
この頃、バンダービルトさんは建設会社の事務員として働き始めていた。長い就職活動を経て、ようやく見つけた仕事だった。
だが、新型コロナウイルスの感染拡大で、それも失った。20年4月、8カ月勤めた職場を解雇された。
「がっかりした。ひどく落ち込んだ。希望がないと感じた。ずっと家にいるようになった。孤独だった」
ひきこもる生活が続いていた20年夏、TikTokのおすすめに、トランプ大統領(当時)を支持する動画が流れてきた。バンダービルトさんは、「一度も自分を政治的な人間だと思ったことはない」と語るが、家族はみな共和党員で、自らも18歳から、選挙ごとに共和党の候補者に投票してきた。
流れてきた動画に、「いいね」を押した。「ひいきのフットボールチームを応援する感じだった。投票する以上は勝ってほしい」。それぐらいの気持ちでしかなかった。
それから次々に、関連の動画が「おすすめ」に表示されるようになった。《トランプはワシントンのヘドロをかきだしている。オバマに比べて、ずっと多くの児童を性的搾取から救った》。あるとき、そんな情報を目にした。
信頼できる友人に聞いてみた。
「ねえ、これってほんとなの?」
「本当さ」。友人は、フェイスブック(FB)動画のリンク集を送ってきた。そこにあふれていたのは、「QAnon」の主張だった。
正体不明の「Q」
QAnonの起源は、「Q」と呼ばれる正体不明の人物が17年10月、ネット掲示板に投稿したことだ。
「世界は、悪魔を崇拝する小…