僕の武器は技術ではなく、踏みとどまる執念 将棋棋士七段・中村太地

 将棋棋士の中村太地七段(34)は進行中の第81期名人戦・順位戦B級1組で開幕5連勝として首位を走っている。順位戦17期目で初めて臨んでいる「鬼の棲家(すみか)」での不敗継続の理由とは。20日の近藤誠也七段(26)との一局の直前に話を聞いた。

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 9年前、中村太地と一緒に食事をしてワインを空けた夜、私だけ深く酔ってしまったことがある。泥酔というほどではない。陽気な気分になる程度だった。

 帰宅すべく、同じ沿線に住む中村と電車に乗った。先に彼の最寄り駅に着いた後、私は無意識のまま眠り込んでいた。

 五つ先の地元駅に着くと同時に目覚め、ああ降りねば、と思って立ち上がると、ややフラついた視界の中に中村が立っていた。

 驚いて「あ、あれ? ど、どうしたんですか?」と言うと、彼は言った。

 「いや……乗り過ごしてしまわないかと思いまして……大丈夫ですか? ちゃんと帰れますか?」

 恥ずかしくなり、一気に酔いが覚めたという苦い記憶が今も残っている。

 中村太地とはどんな人か、と考えると、あの瞬間のことをつい思い出してしまう。

 勝負師の鋭さとは対極の内面を持つ25歳だった彼も34歳になったが、印象は何ひとつ変わってはいない。

 激しく移りゆく現代将棋の中でキャリアを重ねてきた。2017年には王座のタイトルを奪取して棋界の頂点に立ったが、中村は先輩棋士たちから「たいちくん」と呼ばれ、親しまれるキャラクターのまま在り続けてきたような気がする。

 幼少期から棋才を発揮し、自然と棋士を志すようになった。羽生善治九段に憧れるまま、スーパースターが巣立った道場「八王子将棋クラブ」(東京都八王子市)の門をたたき、鍛錬を積んだ。

 早稲田実業高3年時の春、17歳で四段(棋士)昇段。プロとして歩み始めた2006年夏、甲子園のアルプススタンドから見つめたのは「ハンカチ王子」こと同級生の斎藤佑樹投手の熱投と全国の頂点に立つ歓喜の瞬間だった。

10年間、中村太地という人を見つめてきた。勝負師の鋭さと、人間的なやさしさを併せ持つ青年を――。同級生の斉藤祐樹投手のこと、羽生善治九段のこと、そして順位戦へにかける思い。改めて、北野新太記者に語った。

 「うれしさ、という感情とは…

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この記事を書いた人
北野新太
文化部|囲碁将棋担当
専門・関心分野
囲碁将棋
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    高津祐典
    (朝日新聞文化部次長=囲碁将棋、文化)
    2022年10月20日20時24分 投稿
    【視点】

    中村太地七段の師匠、米長邦雄永世棋聖が亡くなって12月で10年になります。取材した北野記者は、師匠への思いについても中村七段に尋ねました。中村七段はこう答えたそうです。 「思い悩んだときに、師匠がいる場所にいくことがあります。とくに1

    …続きを読む