長い前髪なぜNG? 校則変えた10代に見る、意見を尊重される意味
「自分の意見には意味がある」。若い世代がそう感じるにはどうしたらいいのか。
認定NPO法人「カタリバ」の職員として、生徒主体で先生、保護者とともに学校のルールの見直しを支援する古野香織さん(27)は、学生時代に中高生と政治を考える出前授業などを運営。教員志望でしたが、今はあえてそうでない立場で若い世代の政治参加を考えています。「ハードルが高い」政治と若者の距離を近づけるには?
学校や社会の中で自分の声が大切にされた経験は、ありますか?
――校則の見直しを支援する「みんなのルールメイキング」にカタリバで取り組んでいます。これは、主体的に社会や政治に関心を持つこととつながりがあるのでしょうか。
生徒にとって身近な学校でルールを見直していくことは「社会のつくり手」になる体験の一つだと考え、活動しています。
私がかかわったある高校では、「前髪は眉毛にかかる程度まで」という規定に、生徒から疑問が上がりました。「おかっぱ」みたいになるのが嫌、短さを保つために頻繁に髪を切らなければならないのが負担、といった理由です。
学校側に理由を聞くと、実業系高校なので生徒が就職面接を受ける時、髪が目にかかって印象が悪くならないように、との理由でした。
カタリバ・古野香織さんからのRe:
この記事に届いた皆さんの声から、古野さんがさらに考えた「自分の意見」の意味とは。
生徒にも、先生にも疑問はある
――それからどうなりましたか。
採否にどのくらい影響するか、生徒たちが地元企業の人事担当者に面接での髪形について調査しました。すると、規定にこだわらないといった答えが返ってきました。それをふまえて生徒と教員が話し合い、前髪の規定は「目にかからない程度」に変わりました。
小さなことかもしれないけれど、声を大人に受け止めてもらえた、自分の意見に価値があったと生徒が実感する経験は大事です。
実は先生の中にも校則に疑問を感じる人はいます。ただ、多忙な中でじっくり対話する時間がとれない、心理的な安全性がとりづらいことから言い出しづらいケースもあります。この取り組みをきっかけに、疑問を職員会議で伝えたり、学校で少しずつ対話が生まれるようになったりしたとも聞きました。
学校は民主主義社会の土台を作る場だと思います。
――実際に、学校はそういう場になっていますか。
その場限りでいいのか
大学院で教職課程を専攻して…