三段リーグの夜、僕は一度だけ泣いた 棋士・佐藤慎一の薄氷と不屈
将棋棋士五段の佐藤慎一(41)は運命を分ける線上で戦い続ける棋士である。年齢制限の26歳時に棋士に。現役棋士として初めて公の場でコンピューターに敗れる経験もした。敗れれば引退につながる勝負に踏みとどまったことも。15日に指された第82期名人戦・C級2組順位戦10回戦を前に聞いた。
決戦を前に
もし負けたら、北海道の小さな牧場で人生をやり直そうと決めていた。
競馬専門誌の片隅に求人を見つけていた。
「学歴・資格不問 27歳までの男性」
ああ、まさしく俺は該当者じゃないかと思った。
採ってもらうまで何度でもお願いすればいい。
どんなにつらくてもいい。
好きな馬の世話をする仕事を始めて、人生を取り戻したかった。
2008年9月、佐藤慎一は26歳になっていた。
棋士養成機関「奨励会」の最終段階である三段まで昇ってから7年半。
苦闘は続いていた。
小学6年、12歳での入会から実に14年もの歳月が経過していた。
棋士資格である四段昇段の年齢制限は原則26歳。超難関の「三段リーグ」を突破し、制限までに昇段を果たせなければ強制退会となる。幼い頃から抱き続けた夢を奪われるのだ。
8月に26歳の誕生日を迎えた佐藤は、実に15回目にして最後の機会となる第43回三段リーグで勝利を重ね、最終日を残して13勝3敗と首位に立っていた。
26歳になってからも、当該リーグで勝ち越していれば翌期も参加できる規定は存在するが、年齢制限を迎えた期に昇段できなければ退会すると決めていた。
延長のないデッドラインを引いて、自分自身に決着をつけたいと思っていた。
かつてない究極の勝負だった。
最終日の残り2戦に連勝すれば、棋士になれる。敗れれば、ずっと追い求めてきた夢は終わる。
常人ならば重圧に押し潰され、恐怖に震える日々を送るような難局だろう。
けれど、長く戦い続けてきた佐藤の心は透明だった。
「負けたら自殺しちゃうんじ…
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