能登半島地震では乳児を連れた人も避難所で集団生活を送る。発災直後は離乳食がなく、紙おむつやおしりふきなども足りずに不安を覚えた人も少なくない。全国の自治体でも乳幼児への対応は途上で、専門家は災害備蓄の重要性を訴える。
「先の見えない中で、わずかな離乳食を消費していいのか不安だった」。石川県珠洲市の団体職員の女性(29)は、地震直後の生活をこう振り返る。夫と長男(3)、生後10カ月の長女と近くの学校体育館に身を寄せた。当時はスマートフォンと上着を持って避難するのが精いっぱい。指定避難所の体育館では2日目から飲料水が配られたが食料は手に入らず、長女に食べさせるレトルトの離乳食もなかった。母乳も与えていたが、食べ物に困るなかで「出づらくなった」と感じ、不安が募った。
被災翌日から、崩れた自宅に夫が入り、食料や離乳食、紙おむつ、おしりふきなどを少しずつ回収することができた。避難所でも「子どもだけに」と小さなおにぎりが配られるなど配慮があったが、「子どもの食べ物は十分でなく、断水で手を洗ったり拭いたりできない環境から一日も早く出してあげたかった」。
6日目に2次避難先が金沢市に見つかり、体育館を出ることができた。金沢では支援物資として離乳食や紙おむつの提供があったという。避難先の都合もあって2月から再び珠洲市の避難所に戻ったが、現在では子どもに合うサイズのおむつや月齢に合わせた離乳食など、必要な支援物資を受け取れる体制になっている。
「水も電気も家も一気に失う…