峯岸みなみさんが語る自虐 「テクニック」から「心を守る盾」に
自分を落として周囲を笑わせる。そんな「自虐ネタ」を使ったり、耳にしたりする機会は多いのではないでしょうか。ただ、時にはそれが自身を傷つけてしまうことも。タレントの峯岸みなみさん(31)も、AKB48時代に自虐的な発言をしていたといいます。当時の心境、様々な出来事を経た現在の思いを語ってもらいました。
「やっかいだけれど、楽なときもある」
――AKB48のメンバーとして活動していた頃、どんな自虐をしていましたか。
テレビ番組に出演したときに司会の方から「街で声を掛けられて大変でしょう」と聞かれ、「人気がないのであんまりそういう経験ないんですよ~」と答えたり、後輩メンバーが増えていくにつれ、年下からの年齢いじりにも積極的に乗っかるようになったりしていきました。自分を落とすことで簡単に笑いが生まれるという感覚がありました。
――多くの応募者の中から中学生の時にAKB48のオーディションに合格しました。こうしたことは自信にならなかったのでしょうか。
小学1年生の頃から地元のダンススクールに通っていて、アーティストのバックダンサーをすることもありました。そういう面では自信がありましたし、当時は自己肯定感も高かったと思います。
揺らぎ始めたのは、オーディションの最終審査です。まだアイドルのスタート地点にも立っていないのに、かわいい子たちがたくさんいて、井の中のかわずだったと感じました。それからAKB48の活動が始まってどんどん自信がなくなっていきました。
――自信をなくしてしまう要因には、どんなものがあったのでしょうか。
声援の大きさや握手会に並んだファンの列の長さ、曲での立ち位置、運営が決める選抜メンバー。ネットの掲示板を見れば誰が人気かわかるし、中傷も目に入ります。普通に生きてきた中学生にとっては、すべてが自信をなくす要因でした。少しずつ自分と他のメンバーとの差の開きがわかっていく。心がぐらぐらに揺らぎました。
――特に印象に残っている出来事はありますか。
劇場公演では、数人のメンバーでユニットを組み、1曲歌うというブロックがあります。ユニット曲はソロパートがあって、ひとり一人が目立てるというのが基本のスタイルでした。
デビューから半年くらいの公演で、同期4人でのユニット曲をもらいました。そのなかに、当時特に人気の高かったあっちゃん(前田敦子さん)がいたのですが、その曲ではあっちゃんがセンターで、歌唱パートのほぼすべてを担当。私を含む残り3人はサビのコーラスだけ。衣装の色も違う。大人になってからは、あっちゃんにはあっちゃんのプレッシャーや葛藤があり、苦労していただろうなと気づくことができましたが、当時は「こうも差をつけるのか」と、やっぱり悔しくてつらかったです。
――自信を失うことが自虐につながっていったのでしょうか。
そのときは、自虐をしているという自覚はあまりありませんでした。アイドルとして思うように評価されない現実に直面し、せめてバラエティー番組では評価されたいとか、AKB48のなかでどうやったら目立てるか考えた上でのある意味「テクニック」の範囲でした。それが自分を守るための自虐に変わったのはもう少し後のことです。
世界中からバッシング 「これ以上攻撃されたら」
――いつからそうなったのでしょうか。
2013年に私が恋愛スキャ…
- 【視点】
「スキャンダルのあとは、ずっと罪を償うような気持ちで活動」していたという峯岸さんは真面目な方なのだと思います。 自虐について、その効果も含めて冷静に分析されていますが、前からたまに自虐トークをしていたのが、バッシング以降は心の盾として自虐
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