3月下旬の土曜、名古屋港湾会館の会場に集まった高校生や大学生ら50人に、自衛隊愛知地方協力本部(愛知地本)の石井映四郎・募集課長(2等陸佐)は訴えた。
「滑り止めでも、職業の選択肢に加えていただきたい」
地元の消防、警察、海上保安庁、そして自衛隊をめざす若者向けの「公安系公務員合同説明会」。それぞれの組織が人材を求め、参加者が説明を聞いて回る会場で自衛隊の切迫感は際立っていた。
「人数が多い自衛隊には福利厚生にスケールメリットがある」。子の将来を案じて付きそう親へもアピールしたが、学生たちを最も引きつけていたのは消防だった。
消防士志望の愛知県みよし市の男子高校生に聞くと、「より直接的な人助けがしたい」。母親も「勤め先が地元だと安心です。自衛隊や海保はいざという時に危なそうで」と語った。
合同説明会は4年前に始まった。愛知県内で自衛官を募集する愛知地本の呼びかけに地元の第4管区海上保安本部、愛知県警、名古屋市消防局が応じた。
国防上必要な「定数」を下回り続ける実数
少子化で若者が減る上に、自動車産業が盛んな土地柄で人材は民間に流れやすい。コロナ禍の収束で民間の雇用意欲が高まり、若者の争奪戦は熾烈(しれつ)さを増す。
中でも自衛隊の状況は、全国的に見ても厳しい。国防を主とする任務遂行のため法律で定める自衛官の定数は、2007年度以降24万人台で横ばいだが、実際の人数はそれを下回り続けている。22年度末で2万人近く足りない。
一方、中国の軍拡などで日本の安全保障環境は「戦後最も厳しく複雑」(岸田文雄首相)とされる。度重なる災害派遣もあり、自衛隊の任務は重みを増し続けている。
有事に備えて「精強性を保つため」(防衛白書)、自衛隊にとって若手隊員の確保は必須だ。だが、任務の厳しさ故に確保はそもそも難しい。
自衛隊は各地の自治体や学校にも働きかけ、18歳以上の若者の勧誘に努めてきた。18年には、採用年齢の上限を27歳未満から33歳未満に引き上げた。それでも定数と実際の差は広がりつつある。
今から16年後の40年、社会を中心的に支える現役世代(15~64歳)は2割減り、高齢化も進む。そんな「8がけ社会」に向けて、必要なサービスは増えるが、支え手は減っていく。
介護や医療、インフラや地方公共交通など社会に欠かせない分野ほど人手不足が深刻化していく。国を守る自衛隊もまた、装備や予算があっても十分機能しない事態に陥りかねない。
すでに人が足りず、今後は他業種以上に人材確保が厳しくなる自衛隊は大丈夫なのか――。そんな声が足元で広がっている。
防衛力強化揺るがす「人的有事」
5月9日の参院外交防衛委員会。元陸上自衛官の佐藤正久氏(自民)は海上自衛官から届いた勤務環境改善を求める手紙を読み上げ、「人的有事だ」と語気を強めた。
「防衛力の抜本強化と言っても人がいないと、骨太筋肉質の自衛隊ではなく、ふかふかのカルシウム不足の骨細の自衛隊になりかねない」
答弁に立った木原稔防衛相は…