私が存在しなかったかもしれない法律 優生思想の種に何度でもNOを

有料記事ダイバーシティ・共生

作家・五十嵐大=寄稿
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「聴こえない母に訊きにいく」著者・五十嵐大さん寄稿

 この法律は、優生上の見地から不良な子孫の出生を防止するとともに、母性の生命健康を保護することを目的とする――。

 これは、1948年に成立した「優生保護法」の第1条に書かれていた一文である。「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止する」とは、遺伝するおそれがあると考えられていた病気を持つ者や、障害者が出産することを防ぐという意味だ。遺伝性疾患、ハンセン病、精神障害、身体障害など、56種の病者や障害者たちが対象となった。この法律は「公益のため」に生まれ、96年まで存続していた。

 つまり、わずか30年ほど前まで、この国では「公益のために病者や障害者が生まれないようにしよう」という非人道的な考え方がまかり通っていたのだ。

 もう存在しないならいいじゃないか、過去のことだろう、などと思う人もいるかもしれない。そもそも、優生保護法自体を知らない人も増えている。

 でも、これは決して「過去のこと」ではないし、知らずに済ませていい問題ではない、と個人的には考えている。

 それはなぜか。優生保護法によって「強制不妊手術」を受けさせられ、いまもなお苦しんでいる人たちがいるからだ。

 被害者の総数は2万5千人にものぼるといわれている。そして、そのなかの何人かは国を相手取った裁判を起こし、闘っている。そのうち、札幌、仙台、東京、大阪の高等裁判所で判決が出され、上告されている5件については、本日(7月3日)、最高裁判所大法廷にて判決が言い渡される。

 私が優生保護法について初めて知ったのは、2018年のことだった。地元・仙台に住む被害者が裁判を起こしたこと、それを機に全国各地で同様の裁判が相次いだことを、なんとなく見ていたニュースを通じて知った。

子どもと「手話でおしゃべり」したかった

 ただただ恐ろしかった。もしかしたら私は、今ここに存在していなかったかもしれないのだ、と思うと、恐怖で身体が動かなかった。

 私の両親は耳の聴こえないろ…

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