県議会の不信任決議を受けて失職した斎藤元彦氏が再選された兵庫県知事選。「斎藤知事は県議にはめられた」という言説が拡散したことが、選挙結果に影響したという見方もある。政治家が語る「ストーリー」に基づいて私たちは投票先を決める。「人はなぜ物語を求めるのか」などの著作がある文筆家の千野帽子さんに、ストーリーと人間の関係について話を聞いた。
斎藤氏支持者を批判する人もまた別の物語を
――「斎藤氏が県議会やマスコミにはめられた」という言説が拡散したことが選挙戦に影響したという見方もあります。ストーリーが民意を動かしたのでしょうか
県議会で非公開の百条委員会が始まってから短期間での知事の退陣劇でした。「推定無罪の原則」が担保されていないのでは、と違和感を持つ人もいたでしょう。なかには、それを補ってくれるようなストーリーが出てくると納得する人もいるでしょう。
私も兵庫県民ですが、何が今回の結果につながったのかはよくわかりません。3年前に斎藤知事が初当選したときには20年間続いた前知事の県政からの刷新というストーリーが語られ、今回もその継続を求めた有権者もいるでしょう。「パワハラ」疑惑だけで投票先を考えるわけではありません。
そもそもどのような投票結果であってもストーリーで語れるし、候補者も有権者に自分がなぜ必要なのかというストーリーを語ります。
――ストーリーに踊らされてしまうとしたら、落ち着いた熟議の選挙は成り立たないのではないでしょうか
斎藤氏を支持した人について、ストーリーに「洗脳された」と批判的に見る人がいるかもしれません。しかし、そう批判する人も、自身が別のストーリーを信じていることにどこまで自覚的でしょうか。
拙著を読んで「兵庫県民全員がこの本を読んでいたら、選挙結果は違っていただろう」と言っている方をSNS上で見かけました。じつはそれは「敵陣営は愚かだから物語に洗脳されて行動したのだ」という物語に乗っ取られている状態です。どの陣営も、「相手方はストーリーに踊らされて判断が狂った」というストーリーを採用しがちです。
雨乞いと降雨の関係は「前後」か「因果」か
人間はこの世界を、ストーリーという形式で把握しています。何でもいいのですが、たとえば自己紹介をしてみましょう。
私は日本の大学と海外の大学…