「もうこれ以上、完治を期待した手術は難しいと思います」
吉崎有希絵さん(36)が主治医からこう告げられたのは、2020年の夏のことだった。
10万人に1人といない珍しいがん、後腹膜脂肪肉腫(こうふくまくしぼうにくしゅ)の2度目の再発。悪性度はそこまで高くなく、進行も遅い代わりに、抗がん剤が効きにくいタイプの肉腫だった。
「再発は嫌だけど、みつかったら切ればいい」
「体にダメージはあるけれど、手術でリセットされる」
そう思ってきた。でもそれが、もうかなわない。
診察室では元気に振る舞うことを心がけてきたが、この日はこらえきれなかった。そばにいた看護師が、ティッシュの箱を差し出してくれた。
自分に残された時間はどれぐらいあるのだろう。仮に4、5年だったとして、そのうち、ご飯をおいしく食べられ、大好きな宮古島の海に潜れるような時間はどれぐらいなんだろう。
同じ境遇の人はどうしているのかが気になり、病院からの帰り道、ツイッターに匿名の闘病アカウントをたちあげた。プロフィル欄には「私も肉腫を抱えています」と書き添えて。
たちまち同じ病気の人とつながることができた。先輩患者の詳細な闘病記に学んだり、「患者あるある」のつらい感覚を共感しあったり。不安が和らぎ、勇気が出た。
それでも、涙のスイッチは日常の至るところに潜んでいた。
道を歩く幸せそうな老夫婦…