グラミー新人賞まで15年 ヴィクトリア・モネが示す下積みの価値

有料記事カルチャー・対話

寄稿=ライター・竹田ダニエル
[PR]

Re:Ron連載「竹田ダニエル 私たちがつくる未来」 第3回

 第66回グラミー賞が米国時間2月4日、米ロサンゼルスで開催された。数々のアーティストのノミネートや受賞が話題になる中、ひときわ注目を集めたのがシンガー・ソングライターのヴィクトリア・モネだ。最終的には新人賞含む3部門(アルバム技術賞<音響エンジニア賞>、ベストR&Bアルバム賞)を受賞した。アリアナ・グランデの「7 rings」や「thank u, next」をはじめ、BLACKPINKやクリス・ブラウンなど、人気アーティストのヒット曲の作詞・作曲家として、知る人ぞ知る存在だったが、五つのEPをリリースした後、34歳でデビューアルバムをリリースし、ついにその努力が実ったことが広く祝福され、話題になった。

 ソングライターとして数々のヒット曲を生み出しながら、自身のソロ活動のための制作やツアー活動も地道に行い続けた彼女。さらに3年前には娘のヘーゼルを出産し、母になると同時にアルバム「Jaguar Ⅱ」の制作や全米ツアーに挑戦した。2023年6月にリリースされたシングル「On My Mama」がヒットとなり、ビルボードチャートにもランクイン。ツアーもソールドアウトし、着実に「R&Bが好きな人たちだけが知っている存在」ではなくなった。個人的には昨年彼女のツアーを見に行くことができて、曲が書けて歌も歌えて踊りもうまくて、なんて「全て」がそろっているようなスター的存在に久しぶりに出会えた実感があった。

「やっと地上に芽が出た」

 グラミー賞新人賞を受賞した際のスピーチでは、涙を拭いながらこのように語った。

 「この賞は15年かけて獲得しました。2009年にロサンゼルスに移り住んで、自分自身を植物に例えて、音楽業界を土壌と見なしましょう。汚いものと見ることもできるし、養分や水の供給源と見ることもできます。私の根は長い間、人知れず地面の下で育ってきました。そして今日、やっと地上に芽が出たような気がします」

 続けて、音楽業界で活動を続ける人たちに向けて、このようなメッセージを発した。「夢を持っているすべての人に言いたいです、これ(私の受賞)を一つの前例として見てほしいと」

 そもそも、ヴィクトリア・モネほどの長い下積みと音楽業界での立派な功績を積み上げ続けた人が、「新人賞」でようやく認められるということが信じがたいとして、多くの人が衝撃を受けた。本人もインタビューで語っているように、ソングライターはポップスターたちの楽曲を作る張本人であるにもかかわらず、なかなか脚光を浴びる機会はなく、評価されづらい。同時に、ヴィクトリア・モネを特別な存在に押し上げるのは、彼女のポジティブなエネルギーとその辛抱強さだ。アメリカ南部で経験した黒人特有の文化や喜び、辛いことだけではないということを祝福したいポジティブなエネルギー、そして夢を「言語化」することで実現に近づけること。ソングライターとして学んだ「書き記す」ことの大切さを、彼女は度々インタビューでも言及している。

 たった5カ月前には、MTVが主宰するVMAsでは「キャリア的にまだ不十分」として、授賞式でのパフォーマンスに招待されなかった。すでにチャートにも食い込み、ツアーもソールドアウトだった以上、この待遇は大きな問題となった。R&B部門のパフォーマンスもなく、受賞もテレビ放送されないという、業界の構造の課題も残されている。

パートナー選びの重要さも示したレッドカーペット

 同時に、キャリアにおいて非…

この記事は有料記事です。残り2290文字有料会員になると続きをお読みいただけます。

※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません

Re:Ron

Re:Ron

対話を通じて「論」を深め合う。論考やインタビューなど様々な言葉を通して世界を広げる。そんな場をRe:Ronはめざします。[もっと見る]