土地に根づいてこそ世界の遺産に 滋賀で少数派つらぬく酒の味
「伝統的酒造り」のユネスコ無形文化遺産への登録を、期待されるような日本の魅力の世界発信につなげられるか。最前線に立つのは、時代の波を受けながらも各地で根を張ってきた、多くは小規模の酒蔵だろう。これからをどうみるか、滋賀・琵琶湖の北端で500年近く続く日本酒の蔵元、冨田泰伸さん(50)に聞いた。
銘柄は「七本鎗」。滋賀県長浜市、北国街道の宿場町として栄えた木之本に、冨田酒造はある。店舗として使う2階建ては、国の登録有形文化財に指定され、町並みを趣あるものにしている。新酒の仕込みは9月下旬に始まり、軒下に青々とした杉玉がさがっていた
水も、米も、時間もつながる
――「伝統的酒造り」のユネスコ無形文化遺産登録をどう受け止めていますか。
日本酒は祭りや神事、茶事など、さまざまなことにつながって、その製法はよくぞここに行き着いたといわれるほど、世界に類をみないものです。文化として認識されることはうれしい。先行する無形文化遺産の和食や伝統建築の技と折り重なって、日本のものづくりが精神性を含めて「面」として伝えられるといいのではないでしょうか。
とはいえ国内で消費される酒類のうち、清酒はわずか5%。こうじの存在は、どれだけ知られているか。海外でなら、日本酒は米でつくるというところから、話は始まります。次世代への普及も輸出も、まだまだこれから。言い換えれば伸びしろがあります。
日本のポップカルチャーの持つ勢いに、日本酒も乗っていくという動きはあっていいけれど、注目を定着につなげる努力が必要です。若い世代が日本酒の存在に自分たちのアイデンティティーを見つけてくれてこそ、可能性は広がると思います。
――冨田さんは、地酒の「地」を大切にした酒造りを掲げています。
酒の味となる原料の水も米も、風土と切り離せません。蔵の井戸からくみ上げる水は、豪雪地帯でもある伊吹山系から長い時間をかけて届いていることがわかりました。守るためになにができるか、地域の人たちと集まって話を始めています。米を育ててくれるのは、滋賀県内の5軒の契約農家。地域の米品種を掘り起こす酒蔵は各地にありますが、わたしたちも「渡船(わたりぶね)」や「滋賀旭(しがあさひ)」など、姿を消していた滋賀発祥の古い品種を復活させました。
ふなずしに合う酒、フランスでも
――地域性が酒の独自性に。
減ってしまったとはいえ、県内に酒蔵は約30。米のうまみを感じるどっしりした味わいの酒が多いのは、琵琶湖の魚を煮付けるといった味の濃い郷土料理、ふなずしのような発酵食に合うよう作られてきたからです。いまの市場の中央にあるのは果実のように華やかな香りを持つ酒で、「七本鎗」は少数派です。ただ味わいがしっかりしている分、肉料理など油を使う現代の食事と相性はいいと思います。実際に、フランスのレストランで食中酒として提供されています。
蔵でもっとも新しい建物は、地元の材を使い、そこにあった明治期の建物の骨組みや土壁を利用している。戦後日本の蔵は木桶をホーロータンクへと切り替えたが、冨田酒造では4年前からは木桶での仕込みを「再開」、3本とも大阪の工房に依頼したもので、材料は吉野杉だ。酒を造り続けることが、酒のまわりにある様々な伝統技術の継承につながっている
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