「見たいものだけ見る政治」支えた国民意識 宮台真司氏
憲政史上最長となった安倍政権の終幕に向け、「ポスト安倍」を決める自民党総裁選が進む。だが「安倍政権は終わっても、安倍政治は終わらない」と指摘するのが社会学者の宮台真司・東京都立大学教授だ。その「安倍政治」とは、多くの国民が共有している「自意識」によって支えられているから、という。
――安倍政権が終わることを「残念」と評していると聞きました。
「総裁選も含めて今の政治で起きているのは、『沈みかけた船=日本社会』の中の座席争いです。どちらにせよ沈むなら、だらだらと沈むよりも、加速度的に沈む方がよい。人は、変化そのものよりも変化率の変化に反応します。熱湯に入れられたカエルはすぐ逃げ出すのに、水温を徐々に上げると、死ぬまで温度の変化に気づかない――。『ゆでガエル』の寓話(ぐうわ)が知られますが、それです。沈み方が一定だと『ゆでガエル』になります。だから『安倍政治』の継続を望むと語ってきました」
「安倍政権下で日本社会の『劣化』は予想通り進みましたが、多くの日本人は『見たいものしか見ない』。劣化の現状が認識されていません。ならば、何らかの弥縫(びほう)策で対応するよりも、加速度的に悪くなって底を打った方がいいでしょう」
――安倍政権の7年8カ月で、株価は上昇し、低失業率を維持しました。好景気も戦後2番目の長さで続きました。それでも「劣化」ですか。
「安倍政権はそのように『結果』を自画自賛し、メディアもそう報じてきた。しかし『結果』を強調するならば、なぜ一部の経済指標だけに注目するのか。国民の所得は、1997年以降ほぼ一貫して低下しています。OECD(経済協力開発機構)諸国でそんな国は日本だけです。個人の生活水準の指標である1人当たりの国内総生産(GDP)は、2018年にイタリアと韓国に抜かれて世界22位になりました。日本の最低賃金の低さはOECD諸国の平均の3分の2にも満たない。失業率の低さは非正規雇用の増加で『盛った』ものでしょう。経済指標だけに注目しても、『盛れない』数字はこれだけあります」
「一方社会の健全さを示す社会指標に目を向けると、もっと悲惨です。日本青少年研究所の14年高校生調査では、『どんなことをしても親を世話したい』割合は中国88%、米国52%、日本38%。『親をとても尊敬している』割合は米国71%、中国60%、日本38%。『家族との生活に満足している』割合は中国51%、米国50%、日本39%。家族が空洞化しています」
「それが自意識にも強い影響を与えます。同調査では『私は人並みの能力がある』について『とても』と答える割合は米国56%、中国33%、日本7%。『自分はダメな人間だと思うことがある』を肯定する割合は米国45%、中国56%、日本73%。子どもについてユニセフ(国連児童基金)が今年公表した幸福度調査では、先進・新興国38カ国の下から2番目です」
「結局、社会の穴を、一部の『盛れる』経済指標で見えにくくしているだけです。実際、総裁選の候補者が語るのも、おおむね経済の話ばかりです。社会のひどさに注目する候補はいないのだから、誰がなったところで安倍政治と大差のないものが続くでしょう」
――辞任を発表する直前まで、安倍政権の支持率は下がっていましたが、それまでは一時的に下がってもまた持ち直し、選挙にも勝ち続けてきました。そんなに社会がひどいなら、なぜ支持されてきたのでしょう。
「『野党がだめ』『選挙制度が与党に有利』といった要因はあるでしょう。でも小さな話です。本質的な問題は、一部の経済指標だけに注目して語る安倍政権のあり方は、多くの国民の意識のあり方と同じだということです。『見たいものだけを見る』。国民の意識がそうなっていて、安倍政権はそれに乗っただけです。これは政権にだまされている、という類いの話ではありません。現代日本のあり方に起因します」
――「見たいものを見る」といえば、最近ではSNSの発展で、自分のタイムラインが自分と似た意見ばかりになっていることを説明する文脈で聞く表現です。
「少なくとも日本において、ネットがその傾向を加速させましたが、原因そのものではない。別の要因が重要です。英国の社会学者ジョック・ヤングは現代社会の特徴を『過剰包摂社会』と呼んでいます。僕は『疑似包摂社会』と訳した方がいいと思いますが、格差や貧困があってもそれを個人が感じないですむ社会のことです」
「具体的なイメージで言いま…