グルテンフリーにしてもやせません 負担大きい食事療法

大脇幸志郎
[PR]

 暑くなってきましたね。夏場は食欲がなくなって、そうめんばかり食べている方もいるかもしれません。筆者も暑いと食べる気がしないのですが、アイスクリームだけはおいしく食べられます。このさいダイエットなんて言っていられません。

 ダイエットといえば、数年前にはやった「グルテンフリーダイエット」を覚えているでしょうか。

 筆者の理解では、スーパーで「グルテンフリー」と書いてある食品をたまに買うとやせるという魔法のようなダイエット法らしいのですが、最近はなぜか「グルテンフリー」を見かけることも減ったように思います。

 言葉の意味から言うと、医学用語としての「グルテンフリーダイエット」は、そういうものとはぜんぜん違います。

 そもそもここで言う「ダイエット」は「食事(または食事療法)」という意味です。「減量法」という意味ではありません。

 グルテンとは、小麦粉に含まれるたんぱく質のひとつです。そして「グルテンフリー」にするとは特定の食品にグルテンがないということではなく、一生にわたって、グルテンが少しでも含まれているものはいっさい口にしないという、きわめて負担の大きい食事療法です。

 欧米の人に多いセリアック病という病気の治療法がこのグルテンフリーダイエット(グルテン除去食)です。セリアック病は、グルテンに対する過敏反応によって食べたものをうまく吸収できず、下痢や成長障害が表れ、時には発がんにもつながる病気です。遺伝的に日本人にはまれとされています。

 セリアック病は深刻な病気ですが、グルテン除去食によって劇的に改善します。重い病気に大きな効果があるので、負担が大きい治療でも成立するのです。逆に、軽い症状に対しては負担が重すぎます。最近の医学誌上のアンケート(*1)では、軽症で診断がはっきりしないがセリアック病と疑わしい人について、「グルテン除去食はすすめない」という回答が6割あまりでした。

 自分がセリアック病かどうかはわからないから、無駄でもいいからグルテン除去食にしてみよう、それにグルテンを含むパンを食べないようにすれば糖質制限もできて一石二鳥……と思う人もいるようなのですが、セリアック病を持つ人は多い国でも100人に1人未満と言われます。それに、グルテンは多くの食品に含まれていますので、ちょっと非効率すぎると思います(もちろん、それでもやりたい方はどうぞ)。

 セリアック病がない人にとっては、グルテンはただのおいしいたんぱく質です。たとえば麩(ふ)はグルテンでできています。麩を食べて具合が悪くならない人なら、グルテンを気にする必要はありません。

 グルテンフリーが広まったきっかけのひとつが、2011年にロンドンで、グルテンフリー食品の大手製造業者が出資して開いた会議です。この会議の報告(*2)は、「グルテンフリー製品の世界市場は2010年に25億米ドルに迫っている」ことを背景に挙げたうえ、「グルテンに対する反応はセリアック病に限られたことではないとわかりつつある」と結論しています。グルテンフリー食品が売れているからグルテンは体に悪いはずだという理屈です。しかも、それを決めた会議はグルテンフリー食品のメーカーのお金で開かれたのです。

 同じ11年に、アメリカの医師が書いた『小麦は食べるな!』という本がベストセラーになりました。この本はいわゆるニセ医学の代表例として有名で、グルテンを含む小麦で「髪の毛が抜ける」とか、「痛風関節リウマチも小麦が最大原因」と唱えています。これに対して批判的な本には「肩書のある医師でありながら、実際は儲(もう)け主義の非科学的なデマ屋たちが煽(あお)ったのです」(*3)といった辛辣(しんらつ)な言葉があります。

 この連載はちょっと不健康な生活を応援しています。負担の大きい食事療法で健康になれるとしても、好きなものを食べたい人は食べればいいと思います。

 グルテンのような食の迷信にだまされない唯一確実な方法は、食事で健康になろうとしないことです。そうすればアイスクリームも食べ放題です。

 暑い日が続きます。おいしいものを食べて乗り切りましょう。

*1 N Engl J Med 2021 Jun 17;384(24):2346-2348.

*2 BMC Med. 2012 Feb 7;10:13.

*3 アラン・レヴィノヴィッツ『さらば健康食神話――フードファディズムの罠(わな)』ナカイサヤカ訳、81ページ。この本の原題はまさに“The Gluten Lie”。

有料会員になると会員限定の有料記事もお読みいただけます。

※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません

大脇幸志郎
大脇幸志郎(おおわき・こうしろう)
1983年、大阪府生まれ。2008年に東大医学部を卒業後、「自分は医師に向いているのか」と悩み約2年間フリーターに。その間、年間300冊の本を読む。その後、出版社勤務、医療情報サイト運営を経て医師に。著書に「『健康』から生活をまもる」、訳書に「健康禍 人間的医学の終焉と強制的健康主義の台頭」。