人間をむしばむSNSの罪 メディアの闘う相手は、政権だけではない
論壇時評 東京大学大学院教授・林香里さん
フィリピンのオンライン・ニュースサイト「ラップラー」の創設者マリア・レッサさんが「表現の自由のための勇気ある闘い」を称(たた)えられ、今年のノーベル平和賞に輝いた。日本国内では、このニュースは、麻薬犯罪容疑者の超法規的殺害などを強行したロドリゴ・ドゥテルテ大統領の圧政を批判する「反政権ジャーナリズム」の栄誉として語られている。たしかに、現在も大統領から名誉毀損(きそん)などを理由に7件も訴訟を起こされており、彼女はフィリピンの現政権と正面から対決姿勢の「権力と闘うジャーナリスト」だ。
しかし、レッサさんと「ラップラー」の闘いの相手は、大統領だけではない。
彼女が日々対決しなければならないのは、フェイスブックなどのソーシャルメディア上の誹謗(ひぼう)中傷である。
「ラップラー」は4人の女性たちがスタートさせた。現場は20代主体の、若くて小さなメディアである。〈1〉の記事のように、ドゥテルテ政権によるさまざまな噓(うそ)の拡散を継続的に報道してきた。ところがいま、レッサさんや同社の記者たちに対する無数の誹謗中傷や偽情報がネット上に出回っている。〈2〉の米ニューヨーク・タイムズの記事によると、ソーシャルメディア上で拡散された嫌がらせは媒体の存立基盤を危うくしているという。
「闘うジャーナリスト」が相手にする権力はいまや政府だけでなく、SNSもその対象だと指摘する林香里さん。論考の後半では、ネット企業が巨大な権力にふくれあがった歴史的背景を見ていきます。
今月は米フェイスブック社の元社員、フランシス・ホーゲンさんが同社の経営方針を内部告発したことも話題になった。
ホーゲンさんは、退社する前…
- 【視点】
林さんが指摘する通り、日米メディアで一番温度差を感じるのが、ソーシャルメディアにおける脅威への感度です。まだまだ日本では「ネット世論」を、インターネットという閉じられた世界で起こったことと認識し、矮小化する傾向は否めません。もっとも、この「
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