屈辱に震えた夜、僕は生きたいと思った 将棋棋士五段・上村亘
将棋の上村亘(かみむら・わたる)五段(35)が12日、第81期名人戦・順位戦(朝日新聞社、毎日新聞社主催)C級2組3回戦の池永天志(たかし)五段(29)戦に臨んだ。2012年のデビューから10期目のC級2組を戦っている棋士。6月、痛恨の敗局後に公開したツイッターの言葉には心配の声が寄せられた。今、当時の思いを明かす。「あの明け方、僕は生きたいと思った」
傷の上に、さらに深い傷を負う敗北だった。
6月29日、上村は叡王戦段位別予選で若手実力者の斎藤明日斗五段と激突した。戦型は横歩取り。事前研究を生かし、後手番ながら主導権を握った。
盤上は優勢、そして勝勢へと変わっていく。最終盤、あとは冷静に収束させるだけだったが、一分将棋の秒読みに追われた後手は痛恨の一手を指して敗れ去った。99手まで必勝。100手目で急転。105手で終局。勝負は非情の余韻を残して終わった。
勝った日も眠れないが、負けた後の夜はもっと長くなる。いつものことだ。ビールとハイボールを何杯かあおって忘れようとしたが、盤上での屈辱を容易に拭えるわけがない。明け方、酔ったままツイッターに思いをつづっていた。
「ポンコツな頭に生まれてきて、これだけ自分にしては頑張って……終わりなら……ということで、ほぼ人生の詰み、と諦める境地に行き着くことも出来ました。《中略》命だけは60年は落としたくないし、大切にしたい。死なずに幸せあれ」
「最近ずっと考えていたのは、人はいつかは死ぬ、ということだった。それを考えていたら、いたたまれない気持ちになった。そんなことを考えていたら人が生きている意味がよくわからなくなった。こんなことは今まで考えたことがなかった」
酔っていた分だけ倒錯した文章だったが、重い「死」の文字に棋士仲間やファンからは心配の声が殺到した。
「あの時で7連敗になって。悔しくてずっと眠れなかったんです。頭の中を将棋盤が回転し続けている状態でした。明日斗君を相手に会心の将棋を指せたのに、最後の最後に……。あの将棋を落とすならもう勝てる将棋なんてないんじゃないかという思いがありました」
上村は当日のことについて「ご心配をお掛けした皆様には本当に申し訳なく思っています」と反省の言葉で回想しながら、伝えようとした本当の思いを明かす。
あの夜、ファンは心配した。棋士仲間は何人も連絡をしてくれた。上村が思っていたのは「生きる」ことだった。そして連敗を止めた夜、真夜中の将棋会館で語った勝負への思いーー。
「僕はあの時、むしろ生きた…
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