第3回客の半分が帰った、大失敗の舞台 橋爪功、赤字の借金を分割払い
俳優・橋爪功さんが半生を振り返る連載「ついつい皮肉を言いたくて」。全4回の3回目です。(2023年6~7月に「語る 人生の贈りもの」として掲載した記事を再構成して配信しました)
《演劇人生を変える舞台に出会う。1974年劇団初演の「スカパンの悪だくみ」だ》
演出の芥川比呂志さんに「セリフを全部自分で関西弁に直してこい」って言われたんですよ。
山崎努と「ブリストヴィルの午後」(69年)という芝居をやったときに初めて大阪弁使うんですよ、関西の同和地区出身って役だったから。たぶんその関西弁が印象的だったのかな。
最初に出演の話を聞いたときね、これ絶対うそだろうと思ったんです。何度も「大きい役」と言われては裏切られてるから、ハハハハ。俺を主役にするわけねえだろと。それから2日に1回ぐらい電話かかってきまして、「どうした書けたか」とかね。
あと、「前半はローラースケート履いたままやるからな。お前運動神経いいからできるだろ」。うまくできなくて悩んでたら、劇団の踊りの先生に後楽園のスケート場へ連れていかれて教わりました。稽古場でも使ってない時間を見計らって練習して、めきめき上達しましてね。だから光GENJIより俺の方が早いんですよ。
まあ不思議なスカパンでした…