能登半島地震で露呈、偽情報より深刻な問題 細るトラストな情報基盤

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社会学者・西田亮介=寄稿
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Re:Ron連載「西田亮介のN次元考」第6回

 能登半島地震の発災から1カ月が経過した。元日という日本社会のさまざまな備えが“一休み”する日に生じたこと、人びとの暮らしを支える交通網と通信インフラが寸断されたこと、まちのにぎわいの中心で火災が広がったことから、これまでの大型地震でもあまり経験したことがない課題が多数生じている。

 筆者が専門のひとつとする情報とメディアの分野も同様だ。

 政府はこの領域における主たる問題を偽情報に見いだし、政府に有識者会議を新設し対策に取り組むことを早々に表明するなど、奇妙なまでに前のめりだ。

 オンライン上の偽情報は近年、情報通信行政や安全保障の文脈でも強い関心を集めるようになっている。ところが対策は案外難しい。

 悪意を持って拡散される偽情報だとしても、憲法上の表現の自由の保障と検閲の禁止の観点から、政府は即効性のある直接的な規制や施策を講じることには慎重であるべきだとされる。一義的には民間事業者の自主的規律で対応するというのが、日本をはじめ自由民主主義の国家の基本的な状況だ。

 くわえて、日本においてはオンラインプラットフォームのデファクトスタンダード(事実上の標準)にある事業者が総じて外資系企業で、日本語圏におけるコンテンツモデレーション(投稿監視)の状況が十分に開示されておらず、▽事業の中核に偽情報対策を明記し始めたNHKを除いて、既存マスメディアが総じて消極的、▽ファクトチェック事業者のファクトチェックがほとんど一般に認知されていない――ことから、民間主導の偽情報対策が機能しているとはいえない。

偽情報の完全消去は非現実的

 そもそも、偽情報が能登半島地震の被災地の内外で深刻な問題を引き起こしているかどうか。つまり、社会問題としてどれだけ深刻かということ自体、それほど自明とは言えず、精査されるべき事項である。

 前述のように、自由民主主義社会においては、偽情報を完全になくすことは非現実的だ。とすれば、ある一定の偽情報が流通することによって、社会に大きな分断が生じ、非合理的で個人や社会の利益を毀損(きそん)する行動が蔓延(まんえん)する状況になってはじめて、偽情報が深刻な社会問題となったといえる。例えば、アメリカのトランプ前大統領による議会襲撃事件の経緯などを挙げることができる。はたして、日本でそのような事態は生じているだろうか?

 能登半島地震後、偽情報が流通したのは事実だ。2016年の熊本地震の例を引くまでもなく、最近の震災ではほぼ必ずといっていいほど偽情報が飛び交う。ただ、平時でも相当数の偽情報が流通している今、偽情報がどれだけ被災地の内外で復旧や復興の妨げになる深刻な問題を生じさせたか、筆者はその点についていささかの疑問を持つ。少なくとも精査されるべきだ。

 気掛かりなのは、偽情報対策に関心と資源を振り向け過ぎることで、より深刻な情報に関連する構造的な問題が見えにくくなっているのではないかという点だ。

日本版「ニュース砂漠」

 先に説明したように、偽情報対策は即効性のある対策が難しい。能登半島地震に特化した実効力のある対策があるとは思えない。

 逆説的だが、そのような対策…

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    佐倉統
    (東京大学大学院教授=科学技術社会論)
    2024年2月5日16時30分 投稿
    【視点】

    情報の中身(コンテンツ)と制度については議論されているけど、その中間の、情報の担い手や送り手についてはほとんど検討されていないーー今日の昼間、ある会議でそのことが話題になった。終わって朝日デジタルを見たら、まさにそのことを深く論じた西田氏の

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    綿野恵太
    (文筆家)
    2024年2月5日16時30分 投稿
    【視点】

    「新聞社の支局網の減少や記者の減少」といった「トラストなニュース基盤の毀損」に伴う「トラストな情報不足」という視点はとてもわかりやすいです。 フェイクニュースを根絶することはガチガチに管理する全体主義国家でようやく可能かな、という感じなの

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