裁判の「略式手続き」は冤罪を生みやすい?研究者が指摘する問題

有料記事

聞き手・田中恭太
写真・図版
[PR]

 自転車のカバーを破ったとして、罰金10万円の略式命令を受けた女性が、正式裁判を申し立てて争った末に無罪になった。この女性の「冤罪(えんざい)体験」を記事にしたところ、大きな反響があった。略式手続きについて長年研究を続ける龍谷大学矯正・保護総合センターの福島至・研究フェロー(刑事法)は、今の制度は「誤判や冤罪を生みやすい」と改善を訴えている。福島さんに問題点や改善案、捜査を受けた場合にどうしたら良いかを聞いた。

100年前からある「簡易・迅速」な裁判手続き

 ――略式手続きとはどのような制度でしょうか。

 公開の法廷ではなく書面のみで審理を行い、「略式命令」で刑罰を言い渡す裁判です。対象は、簡易裁判所が管轄する、100万円以下の罰金や科料が言い渡される事件です。

 ――略式命令はどのような流れで出るのですか。

 ある人に犯罪の疑いがかけられると、まず警察官による取り調べがあり、その後、検察官による取り調べが行われます。

 軽微な事件でその人が容疑・罪を認めている場合、検察官は略式手続きで処理をしようと考えます。その場合、検察官は被疑者(容疑者)に必要事項を説明した上で、「略式手続きをとることについて異議がないか」の確認を取ります。

 異議がなければ、検察官は書面化し、簡裁に起訴状を出して起訴する(刑事裁判を起こす)と同時に、「略式命令の請求」をします。

 簡裁の裁判官は、検察官から起訴状などと一緒に提出された証拠などを見て「間違いない」と判断すれば、略式命令を出します。通常の刑事裁判と違い、裁判官が直接、被告人と会うことはありません。

 ただ、略式命令が出てから14日以内なら、不服であれば正式裁判を起こすよう請求することもできます。

「一般市民」に最も近い刑事裁判の形

 ――なぜこのような制度があるのでしょうか。

 制度は1913(大正2)年に導入されました。それまでは罰金刑でも、原則公開の法廷が開かれてきたのですが、当時、裁判官の定員削減があり、簡易・迅速な書面主義の手続きとして導入されました。ドイツに書面主義の制度があり、それを輸入した形です。

 現在も刑事裁判の第一審のうち、6割ほどは略式手続きで処理されています。犯した罪を認めている人にとっては簡易・迅速に処理が終わるメリットがあります。多数の事件を処理しているという点では、刑事裁判制度のなかでも中心的な役割を果たしています。

 略式で処理される事件は、交通事件が多くを占めます。例えば30キロオーバーの速度超過は罰金ですが、基本的に略式手続きで罰金が出ます。

 一般の市民が刑事裁判のお世話になるとすれば処理件数の多い略式手続きである可能性が高く、市民にとっては身近な制度と言えます。

「冤罪」「誤判」が発見できないその構造

 ――略式手続きについて、どの点が問題なのでしょうか。

 憲法は32条で裁判を受ける権利を保障しています。刑罰を受けるときは必ず正式な裁判を受けられるし、検察庁にしてみれば人に刑罰を科すなら原則、裁判をしなければいけないということです。

 ところが略式手続きでは、被告人は法廷に来なくて良い。罰金を払うだけで簡易で迅速に処理されます。本当は犯罪をしていない人が、「裁判で争うのがめんどくさい」とか「あきらめる」という気持ちから、略式命令を受け入れてしまう恐れがあります。

 警察で厳しい取り調べを受けた被疑者、被告人は心が折れてしまっていることも多いでしょう。

 正式な裁判になれば、捜査機関ではない中立な裁判官に、問われている罪への認識を改めて確認されますが、略式手続きになってしまえば、被告人が裁判官に直接ものを言う機会はありません。冤罪を裁判で発見し、救済することができなくなります。

 弁護人の援助が極めて受けにくい点も問題です。

 勾留された場合には、国選弁…

この記事は有料記事です。残り2140文字有料会員になると続きをお読みいただけます。

※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません

この記事を書いた人
田中恭太
国際報道部
専門・関心分野
国際情勢、裁判、デジタルプラットフォーム、独占禁止法