第2回移民にフランス語教えた高校生 右翼に向かったのは「いったいなぜ」
治安部隊がそのアパートを急襲したのは、2015年11月18日のこと。パリ郊外の町サンドニの中心部。5日前に130人の命を奪ったパリ同時多発テロの首謀者ら、イスラム過激派の潜伏先だった。
極右の流れをくむ右翼政党「国民連合(RN)」の党首ジョルダン・バルデラ(28)は当時20歳。母親と2人で暮らしていたとされる低所得者向けアパートは、現場から数百メートルの距離にあった。
サンドニは、フランスの大都市の周りに広がり、移民や貧しい人たちが集まる「バンリュー(郊外)」を象徴する町だ。
【連載】右翼の素顔 「脱悪魔化」の末
28歳のジョルダン・バルデラが、長年にわたって忌避の対象だったフランスの右翼政党のイメージをどう変えたのか。支持者らに話を聞いた前回に続き、バルデラの過去を知る人物に会いにパリ郊外の町を訪ねた。
国立統計経済研究所(INSEE)によると、2021年の貧困率は36%で、全国平均の2・5倍。通りを歩けば、白人よりもアフリカ系やアラブ系の人たちとすれ違うことが多い。
バルデラはイタリア系移民の両親が幼い頃に離婚し、母親と2人でこの町に身を寄せた。
「尊厳以外には何も財産を持たない女性」
演説では、低賃金の仕事で困窮しながら自分を育ててくれた母親をそんな風に語る。
小学生だった05年。暴動が…