「わからない」政治を「わかりたい」人々に届く言葉を 宇野重規さん
論壇時評 宇野重規・政治学者
選挙とは、いったい何のためにあるのか。そんなことを思う日々が続いている。なるほど、多様な政党や候補者が自らの考えや政策を提示し、有権者がそれを選択することで、結果として民意が政治に反映される。では、現代の選挙において、いかなる「民意」が示されているのだろうか。
激しい選挙は、社会に存在する対立を可視化する。とはいえ、選挙の意味はそれだけでないはずだ。選挙が終わった後は何らかの「決着」が示され、最終的には社会の再統合が進むことが期待される。ところが、今日の選挙は対立をさらに激化させ、埋め難い分断にしてしまう装置になっているように思えてならない。
東京都知事選の結果は、事前の予想とは大きく異なるものであった。現職の小池百合子氏が3選される一方、立憲民主党などの支援を受け、小池氏と競うと見られた蓮舫氏は3位に沈んだ。躍進したのは、政党の支援を受けなかった前広島県安芸高田市長の石丸伸二氏である。選対事務局長の藤川晋之助の振り返りが面白い(❶)。
石丸氏の特徴は、「細かい政策を全く言わないことだった。自己紹介を言い続けた。『小さな問題はどうでもいいんだ』といって『政治を正すんだ』という話をずっとやり続けた。それでも来る人の8、9割は『すごい』と言って帰っていく」。背景にあるのは、政治不信だ。政策で勝負しても仕方ないというムードをこれまでの政治は作ってしまった。そこをついたのが、YouTubeなどを通じて無党派層に訴えた石丸氏だったというわけである。
政治への「不信」と将来への「不安」がペアに
社会心理学の池田謙一は、国際比較などから、日本の有権者に見られる「国の行く末が見えない」という漠然とした不安感を指摘する(❷)。過去のネガティブな評価である「政治不信」が、将来のリスクに対する「統治の不安」とペアになっているとすれば、今回の都知事選はそれが顕著に表出した選挙だったのかもしれない。
重要なのは、有権者がいかなる手段を通じて情報を入手しているかだ。JX通信社の米重克洋によれば、石丸支持層において、投票先を選ぶのにYouTubeを参考にした割合が際立って高かったのに対し、新聞が主な情報源の人では小池氏と蓮舫氏に投票する人が拮抗(きっこう)し、テレビでは小池氏に投票する人が多かった(❸)。ネット選挙がニッチな支持層ではなく、マスに支持を広げる極めて有力な手段として機能したという点で、今回の都知事選はエポックメイキングであった。
ちなみに石丸氏の認知度が高まったのは、安芸高田市長時代の居眠り議員に対する「恥を知れ」発言のSNS上での拡散がきっかけである。当該市議(故人)は実は病気を患っていたともされるが、いずれにせよ、議会との対立を恐れない対決的姿勢が、既成の権威への反発を感じる若い層にアピールしたことは間違いない。リアルな石丸氏の姿の一端は、匿名ではあるが、現地市議らの座談会からも見てとることができる(❹)。
広告業界に勤務し、「#検察庁法改正案に抗議します」ハッシュタグなどの抗議活動で知られる笛美の記事も示唆的である(❺)。「忙しくて、苦しくて、もがいて」いる多くの人にとって、政治が何かをしてくれるか考える余裕もないまま、わずかな選挙期間で政治家を選べと言われるのが現実である。人々が求めているのは「わかる」言葉で話してくれる政治家であり、蓮舫氏を支持する彼女は、同時に石丸氏を支持した人の思いも理解できるという。「わかる」と思うとすぐに信じてくれる「素直で心のきれいな人たち」の多さに驚きつつ、「政治がわからないけどわかりたい」人々へのアウトリーチの重要性を説いている。
選挙後の分断を放置せず、リアルな言葉で語れ
ここに示されているのは、本…
- 【視点】
「激しい選挙は、社会に存在する対立を可視化する。とはいえ、選挙の意味はそれだけでないはずだ。選挙が終わった後は何らかの「決着」が示され、最終的には社会の再統合が進むことが期待される。ところが、今日の選挙は対立をさらに激化させ、埋め難い分断に
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