3.5ユーロの学生食堂とモンパルナスの銅版画工房
2015.08.07 Friday 05:45
昨日ちょっと弱気な日記を書いたら、結構心配してくれた人がいた。
まあ、そもそも異国で流暢でもない言葉のみで大学に通いだして3日目、なんて状態では誰だってちょっとぐらいは疲れたり弱気になったりするもんだ。自分、その意味ではかなりけなげに順応しているほうだと思う。何よりも好きな国だし、好きな言葉だし、あとは似たような経験値があったりすることは大きい。
なので、心配しないでね、大丈夫だよう。
たぶん、ちょい疲れ気味になったのは、ここがヨーロッパで、しかもパリで、どうやっても日本人にとっては「区別される」という体験が小さく積み重なるからだということを感じてる。
はじめてパリに来た(もう30年ぐらい前かもー!)時には、明らかに「差別」されているのをひしひしと感じて、ほんとうに「すごいわ、それ何?」的な体験を山ほどしたけど、今は当時に比べれば雲泥の差。
それでも、やっぱり「区別」はされる。
その区別のされ方が、稀にあからさまに出ることもあって、そういうのが重なるとやっぱりちょっと疲れるんだな、きっと。
さて、そんなお疲れ気味の3日目からうってかわり、当初予測した通り、今日から元気が戻ってきました。
まず、学生食堂を教えてもらった!!!
(もう、受付とか学校が教えてくれるということはないことがわかったので、行ったことがあるという子に”連れてってええええ”とぶらさがって教えてもらった)。
今いる教室からは、歩いて駅3個分ぐらいあり、ここに? なぜ? というような場所に独立して存在しているので、教えてもらわないとわからない。
毎日メニューが変わって(肉か魚かは選べる)3、5ユーロだって。日本だとワンコインでおつりが来るぐらい?
量半端ない。私は取らなかったけど、あとデザートとか前菜とかまだまだ増やせる。
食べきれなかったので、パンと洋梨は持って帰ってきた。クラスメートは、りんごとか取ったものを持ち帰って朝ご飯にしているそうだ。で、りんごをこっそりとバッグに入れた。お、それいいやん。
私も真似してパンと梨はバッグに入れた。ってか、食べきれないし、メインだけでお腹いっぱいで。
パリは外食が高い。素材は安いのに、カフェとかランチとか恐ろしい値段だ!! だからパリジェンヌは痩せているんか。。。。。
と昨日書いたけど、こうしてお金がない学生とか、街の浮浪者とか、そういう人にはちゃんと食いつなげるようなシステムがあるっていうのは、えらいもんだと思う。
ちなみに学生はランチ3、5ユーロで、教室の近くにあるカフェでは自販機でコーヒーが0.35ユーロで買える。パンを余計もらって持ち帰ったりすれば、朝食から昼ご飯、コーヒーまでが4ユーロ以下で済むわけで、それだったらなんとかやっていけそうな気になる。
ま、日本も学生食堂は安いしね。
ただ、浮浪者という存在は、かなり違う立ち位置にあるようなする。いや、それ並列するもんじゃないだろ? かもしれないけど。
パリの浮浪者についても、いろいろ思うところ、すげえなあと感じるところが多々あるんだけど、またそれは今度。
さて。
クラスメートとランチしてから、私はモンパルナスのDidot通りにある、銅版画のアトリエを尋ねることにした。
ここは一版多色刷りの巨匠でもあったヘイターという人が開いた工房。戦前は岡本太郎もここで制作したそうだ。その工房を引き継いで、今はエクトールという人がアトリエを運営してる。以前いろいろパリの工房を調べたとき、ここ、行ってみたいなあ、こんなところで銅版画の制作を、じっくりと腰を据えてやれたら素敵だなあ、なんて思ったところ。
ただ、縁もゆかりもない場所で、突然尋ねてもなあ。。。。と思ってたところ。
それはそれはいろんなおもしろい縁があって、小さくつながることになった。
なので、今日の午後はぽっかり空いたので、地図を片手に尋ねてみたよ
メールは入れておいたんだー。見学できますか? バカンスで閉まっていませんか? って。
開いてるのでどうぞ、と返事があった。でも、ちょい、勇気はいった。
空が青くて、きれいで。モンパルナス墓地をてくてくサンボしながら、ダゲール街を抜け、Didotを目指す。
(ちょっと写ってしまった指は見逃して>笑)
むかーしむかし。
夢みたいだと思ってたこと。フランスで美術の勉強をするとか、フランスでお料理を習ってみるとか(もちろん、フランス人にフランス語でね)、いろいろそんなことがひとつづつ小さくかなっていき、ちょっと前なら到底無理だと思っていた、パリの工房で版画の制作をしてみる、なんていうことが、もしかしたら実現するのかもしれない、というような。
今日はそんな小さな一歩があった日でした。
ヘイターが使っていたプレス機。
ヘイターの作品が刷られたプレス機。
そっとハンドル触ってみた。ヘイターと握手。
エクトールはとてもいいおじいさんで、快くいろんなことを説明してくれて、とにかくおいで、待ってるからねと言ってくれた。
スペインやイタリア、ドイツの人なんかがここに来て、制作していくそうだ。
最低単位が3ヶ月。
少なくとも3ヶ月、日本を留守にする勇気と周囲への調整ができなければ、かなわない夢。
以前なら到底無理って思ったけど、今ならできるんでね? って思えたりするー。
そして、思いつきででかけた今日という日の、午後の時間に、パリ在住30年という日本の女性が制作をしていて、いろいろアドバイスをくれたりもして、来るときは連絡してって言ってくれた。なんか、ほんとにいろんなことに導かれているなあって、ちょっとうれしかったよー。
パリで版画。
なんか、夢じゃないような気がしてきたよ。
昨日まですり減ってた心が、一気に潤って、元気になりましたとさ。
やっぱりね、ウエルカムされるとうれしいよね。昨日までのぞんざいに対応され続けたあとは、なおさら>笑
やっぱり私みたいな年齢の人間は、大学で過ごす時間だけじゃなくて、自分が得意なことや好きなことをシェアできる場所を確保することが大事なんだね。これはアメリカにいたときも痛感したけど。
明日は大学はテストだって。
昼はまた学生食堂にトライしてみようと思います。
今日はルームシェアをしているChizuruさんがローマから帰ってきました。
お土産話が楽しかったなー。
おやすみなさい。
まあ、そもそも異国で流暢でもない言葉のみで大学に通いだして3日目、なんて状態では誰だってちょっとぐらいは疲れたり弱気になったりするもんだ。自分、その意味ではかなりけなげに順応しているほうだと思う。何よりも好きな国だし、好きな言葉だし、あとは似たような経験値があったりすることは大きい。
なので、心配しないでね、大丈夫だよう。
たぶん、ちょい疲れ気味になったのは、ここがヨーロッパで、しかもパリで、どうやっても日本人にとっては「区別される」という体験が小さく積み重なるからだということを感じてる。
はじめてパリに来た(もう30年ぐらい前かもー!)時には、明らかに「差別」されているのをひしひしと感じて、ほんとうに「すごいわ、それ何?」的な体験を山ほどしたけど、今は当時に比べれば雲泥の差。
それでも、やっぱり「区別」はされる。
その区別のされ方が、稀にあからさまに出ることもあって、そういうのが重なるとやっぱりちょっと疲れるんだな、きっと。
さて、そんなお疲れ気味の3日目からうってかわり、当初予測した通り、今日から元気が戻ってきました。
まず、学生食堂を教えてもらった!!!
(もう、受付とか学校が教えてくれるということはないことがわかったので、行ったことがあるという子に”連れてってええええ”とぶらさがって教えてもらった)。
今いる教室からは、歩いて駅3個分ぐらいあり、ここに? なぜ? というような場所に独立して存在しているので、教えてもらわないとわからない。
毎日メニューが変わって(肉か魚かは選べる)3、5ユーロだって。日本だとワンコインでおつりが来るぐらい?
量半端ない。私は取らなかったけど、あとデザートとか前菜とかまだまだ増やせる。
食べきれなかったので、パンと洋梨は持って帰ってきた。クラスメートは、りんごとか取ったものを持ち帰って朝ご飯にしているそうだ。で、りんごをこっそりとバッグに入れた。お、それいいやん。
私も真似してパンと梨はバッグに入れた。ってか、食べきれないし、メインだけでお腹いっぱいで。
パリは外食が高い。素材は安いのに、カフェとかランチとか恐ろしい値段だ!! だからパリジェンヌは痩せているんか。。。。。
と昨日書いたけど、こうしてお金がない学生とか、街の浮浪者とか、そういう人にはちゃんと食いつなげるようなシステムがあるっていうのは、えらいもんだと思う。
ちなみに学生はランチ3、5ユーロで、教室の近くにあるカフェでは自販機でコーヒーが0.35ユーロで買える。パンを余計もらって持ち帰ったりすれば、朝食から昼ご飯、コーヒーまでが4ユーロ以下で済むわけで、それだったらなんとかやっていけそうな気になる。
ま、日本も学生食堂は安いしね。
ただ、浮浪者という存在は、かなり違う立ち位置にあるようなする。いや、それ並列するもんじゃないだろ? かもしれないけど。
パリの浮浪者についても、いろいろ思うところ、すげえなあと感じるところが多々あるんだけど、またそれは今度。
さて。
クラスメートとランチしてから、私はモンパルナスのDidot通りにある、銅版画のアトリエを尋ねることにした。
ここは一版多色刷りの巨匠でもあったヘイターという人が開いた工房。戦前は岡本太郎もここで制作したそうだ。その工房を引き継いで、今はエクトールという人がアトリエを運営してる。以前いろいろパリの工房を調べたとき、ここ、行ってみたいなあ、こんなところで銅版画の制作を、じっくりと腰を据えてやれたら素敵だなあ、なんて思ったところ。
ただ、縁もゆかりもない場所で、突然尋ねてもなあ。。。。と思ってたところ。
それはそれはいろんなおもしろい縁があって、小さくつながることになった。
なので、今日の午後はぽっかり空いたので、地図を片手に尋ねてみたよ
メールは入れておいたんだー。見学できますか? バカンスで閉まっていませんか? って。
開いてるのでどうぞ、と返事があった。でも、ちょい、勇気はいった。
空が青くて、きれいで。モンパルナス墓地をてくてくサンボしながら、ダゲール街を抜け、Didotを目指す。
(ちょっと写ってしまった指は見逃して>笑)
むかーしむかし。
夢みたいだと思ってたこと。フランスで美術の勉強をするとか、フランスでお料理を習ってみるとか(もちろん、フランス人にフランス語でね)、いろいろそんなことがひとつづつ小さくかなっていき、ちょっと前なら到底無理だと思っていた、パリの工房で版画の制作をしてみる、なんていうことが、もしかしたら実現するのかもしれない、というような。
今日はそんな小さな一歩があった日でした。
ヘイターが使っていたプレス機。
ヘイターの作品が刷られたプレス機。
そっとハンドル触ってみた。ヘイターと握手。
エクトールはとてもいいおじいさんで、快くいろんなことを説明してくれて、とにかくおいで、待ってるからねと言ってくれた。
スペインやイタリア、ドイツの人なんかがここに来て、制作していくそうだ。
最低単位が3ヶ月。
少なくとも3ヶ月、日本を留守にする勇気と周囲への調整ができなければ、かなわない夢。
以前なら到底無理って思ったけど、今ならできるんでね? って思えたりするー。
そして、思いつきででかけた今日という日の、午後の時間に、パリ在住30年という日本の女性が制作をしていて、いろいろアドバイスをくれたりもして、来るときは連絡してって言ってくれた。なんか、ほんとにいろんなことに導かれているなあって、ちょっとうれしかったよー。
パリで版画。
なんか、夢じゃないような気がしてきたよ。
昨日まですり減ってた心が、一気に潤って、元気になりましたとさ。
やっぱりね、ウエルカムされるとうれしいよね。昨日までのぞんざいに対応され続けたあとは、なおさら>笑
やっぱり私みたいな年齢の人間は、大学で過ごす時間だけじゃなくて、自分が得意なことや好きなことをシェアできる場所を確保することが大事なんだね。これはアメリカにいたときも痛感したけど。
明日は大学はテストだって。
昼はまた学生食堂にトライしてみようと思います。
今日はルームシェアをしているChizuruさんがローマから帰ってきました。
お土産話が楽しかったなー。
おやすみなさい。