第10回陰謀論者だった私の後悔 否定したら脅迫文が届き始めた
【番外編】 ラビットホールから抜け出るまで 陰謀論と米国:下
米サウスカロライナ州マートルビーチに住むアシュリー・バンダービルトさん(27)は今年初めまで、陰謀論集団「QAnon」にすっかりはまっていた。
「ラビットホール」は、うさぎの巣穴という意味だ。英国の小説「不思議の国のアリス」で主人公が入り込むことから、「はまったら抜け出せない」という意味を持つ。
コロナ禍で職を失い、孤独な時間をもてあますなか、ネットの虚偽情報にのめりこんだ。そこから抜け出すことになったのは、意外なきっかけだった。
陰謀論に陥ってしまった人と、どう向き合えばいいのか。藤原学思記者がポッドキャストで解説します。
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1月20日のパニック
《まもなく「緊急放送システム」が流れる。多数動員された軍人によって、バイデン大統領やハリウッドのセレブたち数千人が逮捕され、悪名高き「グアンタナモ収容所」に送られる。そして、トランプ氏がまた、大統領として戻ってくる》
バイデン大統領の就任式が行われた1月20日、バンダービルトさんはこんなことが起きると信じ、テレビをつけた。
【連載ページはこちら】 陰謀論 溶けゆくファクト
「米政財界や主要メディアは『ディープステート』(影の政府)に支配されている」。米国でそんな陰謀論に同調する輪が広がり、トランプ前大統領を支持する人たちが連邦議会議事堂を襲撃する事件にまで至りました。陰謀論にとらわれた米国人女性が、「自分は間違っていた」と気づくまでの出来事を、番外編「ラビットホールから抜け出るまで 陰謀論と米国」(連載第9回と10回)としてお伝えします。
トランプ氏が「フェイクニュース」と批判するテレビニュースは、長らく見ていなかった。代わりに、フェイスブック(FB)や、動画アプリの「TikTok」、ロシア発の通信アプリ「テレグラム」で得られる情報が「真実」となっていた。
午前8時すぎ、トランプ氏を乗せた大統領専用ヘリ「マリーンワン」がホワイトハウスを飛び立った。だが、なにも起きない。だれが逮捕されることもない。不安になり、祈りを捧げる。
「神よ、真実を与えてください」
正午ごろ、バイデン氏が宣誓し、第46代の米大統領に就任した。バンダービルトさんは泣きじゃくりながら、母(71)に電話をかけた。
「中国に乗っ取られる。娘を学校から連れ戻さないといけない。みんな死んじゃうんだよ」
QAnonは「小児性愛者の集団が世界を運営している」とする主張を柱とする。そんな集団によって、一人娘のエマーソンちゃん(4)もさらわれる、とパニックになった。
勤務中の母は職場を少し離れ、「決して学校にはいかないように」と忠告し、こう告げた。
「大丈夫。バイデンが大統領になるのは、神のプランなのよ。私たちは死なないし、中国から乗っ取られることもない。オバマはキリスト教の敵だっていう人もいたけど、それはウソだったじゃない。権力は移行するの。そういうものなのよ」
電話を切り、しばらく何もせず、時間をやり過ごした。手元のスマートフォンで、TikTokを開く。
《バイデンの就任式は必要だった。反逆罪を成立させるための、最後の儀式なんだ》。また、そんな陰謀論が流れていた。
FBやテレグラムのグループでは、「3月4日」について話が始まった。20世紀初頭まで、大統領の就任式が行われていた日付だ。首都ワシントンのホテルはこの日、多くが予約で埋まり、「トランプ・インターナショナル・ホテル」の値段はふだんの倍以上になったとも報じられた。
「私が間違っていた」
だが、バンダービルトさんは「3月4日」の投稿を目にして「違和感を抱いた」。おかしい。ずっと「1月20日」と言っていたはずだ。なにを信じればいいんだ。
結局、何もないまま数時間が過ぎ、悟った。
そしてTikTokに、こう…