第3回2度目のひきこもり 「死ぬなら餓死」と言った37歳息子は母の日に

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東郷隆
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 家のトイレに置いた小さな花瓶に、白いどくだみ草を一輪さした。

 山口県内の女性(68)が、仕事の帰り道に道ばたで摘んできたものだ。

 「息子にね。長いこと外の世界を見ていないから。今はこんな花が咲いてるんよって伝えたくて」

 小さな戸建てに、長男(37)と2人暮らし。夫は5年前、肺がんを患い、66歳で亡くなった。

 長男は今、2度目のひきこもり中だ。

 もう6年目になるだろうか。

 最初のひきこもりは中学1年のとき。

 入学から1カ月で不登校になった。まじめできちょうめんで、人見知りする子だった。

 「何を考えているか分からない」。小学校の担任に面談で言われたことがある。

 クラスで母親の絵を描いたときは、一人だけ輪郭しか描けなかった。

 毎晩、次の日に着るシャツやズボンをきれいにたたんで枕元に置いて寝た。

 周りの子とはちょっと違う。でも、少し休めばまた行ける。そう考えていた。

 まさか8年も、ひきこもりが続くなんて。

正社員になったけれど…

 髪は背中まで伸び、風呂にも入らず赤い湿疹が体中にできた。

 夫が一度だけ怒ったことがある。

 「ぐずぐずしているやつは好かん」

 テレビを見ていた長男は、表情を変えなかった。

 でも目からボロボロと涙をこぼした。

 「父親が好きで、認められたかったと思う。でも期待に応えられない自分が情けなかったのかもしれない」。一番つらいのは本人だ。じっくり待とうと決めた。

 一緒によく山に登った。相談した医師に勧められたからだ。

 「近所の人に見られたくない」。家の玄関を出て、車に乗り込ませるまでが毎回一苦労だったけど。

 小さなコンロを持って、山頂へ。カレーやうどんを食べて、長男は「おいしい」とはにかんだ。

 登山客にあいさつされると、「こんにちは」と返した。そうした姿をみると、安心し、心も軽くなった。

 「お母さんから見たら成長していないし、後退しているって思うかもしれん。でも、自分なりに成長してるんよ」

 18歳ごろ、そう口にした。

 少しずつ自ら外に出るように。「リハビリ」として図書館に行き、漢字検定なども受けた。「やればできるんよ」。照れながら言った。

 20代前半。とうとう働き始めた。

 宅配便の仕分け作業から始まり、温泉施設の食堂へ。調理師免許を取得し、割烹(かっぽう)料理屋でアルバイトした。

 「先輩がラーメンを食べさせてくれた」。うれしそうに職場の様子を話してくれた。そして正社員になった。

 それがいけなかった…

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この記事を書いた人
東郷隆
東京社会部|国土交通省担当
専門・関心分野
建設、防災、政治とカネ、平和
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    清川卓史
    (朝日新聞編集委員=社会保障、貧困など)
    2022年7月1日11時14分 投稿
    【視点】

     高齢の親とひきこもる中高年の未婚の子ども。多くの人にとって無関係と言えない社会的課題となっています。こうした世帯では、子どもの生活費はもちろん国民年金などの社会保険料まで、高齢の親の年金から負担している事例が少なくないと聞きます。それなり

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