「荷物を取らないで!」と叫ぶ声 身一つで逃れた乗客の意外な冷静さ
東京・羽田空港で2日、日本航空(JAL)の旅客機と海上保安庁の航空機が衝突した事故で、JAL機に乗っていた中西直樹さん(44)に体験を聞いた。
◇
着陸態勢に入り、窓の外を見ていた。
座席は左側の主翼近く。タイヤが接地したかどうかくらいのタイミングで、突然目の前のエンジンが「ドン」と音を立てて爆発した。
さほど時間をおかずに飛行機は止まった。
火の手が広がり、窓の外がオレンジ色に染まった。
エンジンは骨組みが見えるようになった。客室乗務員が「頭を下げてください」と大声で呼びかけた。
窓の外では炎の勢いが強まり、煙も機内に入ってきた。
周囲で「おいおい、大丈夫か」「どうなっているの?」というささやきも漏れる。
機体が停止しているのに、いまさら頭を下げる意味があるのかと思い、頭を上げると、周囲でも多くの乗客が同じように顔を上げて移動する準備を始めていた。
「こっちのドアはダメです」乗務員の叫び
私の左側の窓際には兄が、通路側に兄の妻が座っていた。後ろには、窓際から順に3歳の長男、9カ月の次男を抱いた妻、義母。私は後ろの座席に身を乗り出し、寝ていた長男を抱きかかえた。
前方には客室乗務員が2人いた。1人はマイクに向かって「キャプテン! キャプテン!」と繰り返し叫んでいた。もう1人は左主翼のつけ根近くの非常口を確認し、「こっちのドアは炎が近くてダメです」と大声で話していた。
前方からは、「扉を開けろ」とか「早く出して」という声も聞こえた。しかし、周囲の乗客は比較的冷静で、パニックになっている人もあまりいなかったように思う。
立ったり通路に乗りだしたりして前方を確認している人はいたが、それでもほとんどの人が自席にいた。乗務員の「席を移動しないでください」という指示に従っていた。
冷静な乗客たち 自席にとどまる
ドアが開くまでは数分程度はあったように思う。
荷物棚からスーツケースなどを取り出そうとする乗客もいたようで、乗務員が「荷物を取り出さないでください」と叫ぶのが聞こえた。
荷物についての呼びかけは乗務員が何度も繰り返していたし、乗客からも「荷物は持つな」というような声が度々上がっていた。
私は「とにかく子ども2人を何とかしなければ」ということばかりが頭にあり、手荷物のことまでは正直、頭が回らなかった。
やがて前方の非常ドアが開くのが見えた。ところが、われさきに扉に向かって駆け出すような人はいない。
むしろ、「あれ? 扉、開いた?」と戸惑うような、一瞬の空白があった。
すぐに前方の座席の乗客たちが脱出を始めるのが見え、我々も通路に出て前方に移動を始めた。
後ろからも乗客が続々と歩いてきてジワジワと前へ押されたので、家族は離ればなれになった。パニックや怒鳴り合いなどはなかった。
見知らぬ男性客が助けてくれた
機体前方左側の脱出シューターを滑り降り、機体の外に出た。
乗客も乗務員も口々に「離れて!」と叫んでいた。できるだけ離れようと走り去る乗客もいれば、滑り降りてくる人を助けている乗客もいた。
義母が降りる際は、抱っこしていた9カ月の次男を見知らぬ男性客が預かってくれた。
地上に降りてすぐ家族と合流。女性たちは抱き合って泣いていた。
日刊現代の写真部長をしている。「あ、これは帰ったら仕事だなあ」と思い、スマホのメモ機能を使って起きた出来事やその時刻の記録を始めた。
しばらくすると乗務員が「もう少し機体に近づいて、10人単位になって座ってください」と指示をして回った。
遠くまで避難した乗客からは「爆発したらどうするんだ!」という声もあった。
午後6時56分にバスが到着し、人数確認をして午後7時17分にターミナルへ出発した。
母子手帳、お気に入りの人形も消失
私はポケットにスマホと財布、手首にアップルウォッチで半袖姿。妻は首からスマホをぶら下げ、家族の上着を持っていた。義母は座席下にあった家の鍵が入った小型ポーチを持っていた。兄の妻はスマホすら持ち出せなかった。
多くの乗客が同様に「身一つ」だった。あの状況で、よく乗客が荷物も諦めて従ったと思う。
家の鍵、妻の財布、私の会社支給のパソコンも無くなった。仕事のデータもすべて失った。長男お気に入りのボロボロのカエルの人形も焼けた。
預けていたベビーカー2台も焼け、急病に備えてもってきた母子手帳が無くなった。出生時の記録や予防接種の履歴も、再発行には手間がかかりそうだ。手帳には子どものマイナンバーカードも挟んでいた。
それでも、生きていただけでよしと思う。
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