なぜ「死体損壊罪」にならないの?医師養成での遺体を使った解剖実習

松田昌也
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 医師・歯科医師の養成に不可欠な遺体を使った解剖実習。日本の刑法では遺体を損壊することは犯罪になる。なぜ解剖実習は罪に問われないのか。背景には、医学発展のための、究極のボランティア制度があった。

 本来、死体にメスを入れる行為は、刑法190条の死体損壊罪にあたり、3年以下の懲役が科せられる。ところが、1949年に死体解剖保存法が制定され、人の体を解剖する仕組みが整備された。大学医学部や歯学部では、解剖学病理学法医学の教授、准教授などが指導者となって、解剖が行われる。厚生労働省の医道審議会で教授や准教授と同等以上の知識と技能を持つと認められている人が「死体解剖に関する適切な指導者」とされている。

 医師を養成するための解剖学は現在、基礎医学の教育カリキュラムのうち約3割を占める重要な科目だ。今の解剖学実習では、学生4人で献体1体を使い、3~4カ月かけて人体の構造や仕組みを学んでいく。50年代後半から60年代前半にかけては、医学教育の危機が唱えられた時期で、学生10人に献体1体もなかった状態だった。歴史的には、日本の解剖では、刑死者や行き倒れて身元が分からない人たち、身寄りがなく孤独死した人たちの遺体を、警察や自治体から受け入れて使われてきた。

 そのため、79年に日本学術会議が総理大臣に対し、「献体登録に関する法制化の促進について」勧告し、これをきっかけに、82年度から献体者に対して文部大臣による感謝状が贈られるようになった。83年には故人の遺志の尊重をうたう「献体法(医学および歯学の教育のための献体に関する法律)」が国会で成立し、現在の献体制度が確立した。

 2006年以降は、死後に自らの身体を医学の発展に捧げる究極のボランティア「篤志献体制度」で、大学の解剖学実習で使う遺体の9割以上が確保できるようになった。

 また、全国の大学医学部、歯学部で遺体を受け入れる窓口となり、篤志献体制度を支える組織として「白菊会」がある。大学によっては不老会や天寿会、篤志会、献体の会といった呼称があり、複数の大学が共同運営しているケースもある。1955年に東京大学で、献体を希望する男性の息子と藤田恒太郎教授(解剖学)が「白菊会」を発足させて、全国へ広がった。篤志解剖全国連合会によると、全国に関連団体は61(昨年3月末現在)あり、献体を希望して入会した人の総数は32万4千人余、生存している会員数は約8万7千人。実際に献体した人は15万5537人に上る。

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