震災と向き合わない主役に向き合った 高校演劇の代表作ができるまで

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井上秀樹
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 あの日から2年近く経った秋、神戸市の高校生たちが、戯曲を作った。阪神・淡路大震災の体験をもとにした女子生徒3人だけの芝居は、毎年上演される、高校演劇の代表作になった。時と場所は移っても、若者の心を揺さぶる。

 「どうしたらいいですか?」

 1996年夏、兵庫県西宮市の駅前にあるドーナツ店。兵庫県立神戸高校2年だった水野陽子さんは、演劇部で指導を受けていた演出家の谷省吾さんに、高校演劇の大会で上演する作品について相談した。

 前年は、震災ボランティアを題材にした作品をつくり、全国高校演劇大会出場を果たした。震災の痛ましい記憶にひたすら向き合い、「かさぶたができかけたら、みんなではがす」ような日々だった。

 この年は、役者が水野さんと1年生2人しかいなかった。何となく、心身をすり減らす震災ものは避けようという空気だった。

 生誕100年の宮沢賢治と演劇部を組み合わせた青春ものにしよう。2年連続で全国は無理だから軽くやろうね――。そんな方向に固まり、部員たちは脚本をつくり始めた。

 ところが、場面やエピソードを震災に置き換えたら次々とはまっていく。「やっぱ、そう思う?」「これでいくか」。神戸市大会の2週間前になって震災ものに方向性を変え、まとめ役の水野さんは授業の合間も使って書き直した。

破稿 銀河鉄道の夜

 カナエとトウコは演劇部の思い出で盛り上がる。サキはカナエが受験勉強に身が入らないことを問い詰める。

 実は、トウコは震災で亡くなっていた。

 部には、舞台が終わったら台本を破って捨てる伝統がある。親友のカナエが立ち直っていないとみたトウコは、震災で上演できなかった台本に手をかけ……。

 題名は、水野さんの案で「破稿 銀河鉄道の夜」とした。やぶれこう、と読ませた。

 県大会、近畿大会と上演ごと…

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この記事を書いた人
井上秀樹
文化部
専門・関心分野
寄席演芸、舞台芸術、大衆芸能