なぜ肥満が現代人に多いのか 進化医学が説明する「合理的な理由」
尿酸は痛風の原因になるだけではなく、抗酸化作用という有益な働きもあります。高尿酸血症は、老化の原因である活性酸素から体を守るために進化した結果かもしれません。こうした病気や健康を進化の観点から考える医学を「進化医学」や「ダーウィン医学」と呼びます。高尿酸血症だけでなく、肥満や塩分の取り過ぎも進化医学で説明できます。
肥満は糖尿病をはじめとして、多くの病気のリスク因子です。世界保健機関(WHO)の推計によると、全世界で肥満のために年間400万人以上もの人が亡くなっています。食べ過ぎや運動不足が続くと体重は増えるのは当たり前だとみなさんお思いかもしれませんが、よく考えると不思議です。野生動物には肥満の個体はいないのに、なぜ人間は肥満になるのでしょう? 肥満がさまざまな病気の原因になるなら、肥満を防ぐ体の仕組みがあってもいいじゃないですか?
なぜ現代人が肥満しやすいか、進化医学では、かつて人間が進化してきた環境と現代社会が大きく異なるためだと説明できます。人間が農耕をはじめたのはせいぜい1万年前ぐらいで、それまでの数百万年間は主に狩猟や採取に頼って食べ物を得てきました。人間はほとんどの期間、肥満するほどのたくさんの食べ物を得ることができない環境で進化してきたのです。狩りに成功しても、次はいつ食べ物が手に入るのかはわかりません。肥満を防ぐよりも、食べ物があるときにできるだけたくさん食べ、エネルギーを脂肪に変えて蓄え、飢餓にそなえるほうが生存に有利でした。
一方で現代社会では、食べ物はいつでも手に入り、脂肪にして体に蓄える必要はありません。「食べものがあるときには食べるだけ食べて、脂肪として蓄えろ」という本能におもむくままに食べると肥満になってしまいます。ですが、生物学的な傾向はすぐには変わりません。その結果、現代人に肥満が多くなってしまったのです。
味覚の好みも、過去と現代では生存に与える影響は大きく違います。人間が進化してきた環境では、塩分は容易には手に入らず不足しがちでした。塩味を好む個体は、そうでないライバルの個体と比べて、生存競争に有利だったしょう。しかし、現代社会では塩分過剰の食事は健康に悪影響を及ぼします。現代社会で多くの人が高血圧に悩まされているのは、塩分不足だった過去の環境が原因の一つなのでしょう。
100万年ぐらい経てば、現代社会に適応するように人間が進化するかもしれませんが、そんなには待てません。石器時代に適応した遺伝子セットはそのままで運用を工夫するしかないのです。進化医学を学ぶことで、病気の根本的な要因や原因に対する理解がより深まり、それによって生活習慣の改善へのモチベーションがより向上すれば幸いです。
連載内科医・酒井健司の医心電信
この連載の一覧を見る- 酒井健司(さかい・けんじ)内科医
- 1971年、福岡県生まれ。1996年九州大学医学部卒。九州大学第一内科入局。福岡市内の一般病院に内科医として勤務。趣味は読書と釣り。医療は奥が深いです。教科書や医学雑誌には、ちょっとした患者さんの疑問や不満などは書いていません。どうか教えてください。みなさんと一緒に考えるのが、このコラムの狙いです。