第1回皇后はアヘンに溺れた 日本の人工国家「満州国」を支えた闇の資金源
日本の人工国家「満州国」の財政を支え、現地の日本軍の工作資金となっていたのが「アヘンマネー」だった――。中国での現地ルポや近年の研究成果をもとに、「闇の資金源」の実態を追います。
旧満州国の首都「新京」だった中国吉林省・長春。住宅街を抜けると、分厚い壁に囲まれた建物群が突然現れる。
満州国の皇帝だった溥儀(ふぎ)と、皇后・婉容(えんよう)が暮らした場所だ。
日本の傀儡(かいらい)国家で、日本の敗戦によって13年半で崩壊した満州国は、中国で「偽満州国」と呼ばれる。
満州国
1931年の満州事変の翌年、関東軍(満州に駐留していた日本軍)が中国東北部につくった「国家」。政権の正統性を確保するため、清朝最後の皇帝だった溥儀(ふぎ)を帝位に就かせた。「王道楽土」の建設、「五族(日・満・漢・モンゴル・朝鮮)協和」といったスローガンを掲げたが、実権は日本人が握った。45年、日本の敗戦とともに消滅した。
溥儀
映画「ラストエンペラー」で知られる清朝最後の皇帝。姓は愛新覚羅。2歳で即位したが、辛亥(しんがい)革命で1912年に退位。32年の満州国成立とともに執政として迎えられ、34年に皇帝に即位した。日本の敗戦後、極東国際軍事裁判で「日本軍に強制されて皇帝になった」と証言した。
この場所は現在、「偽満皇宮博物院」として一般公開され、平日も観光客でにぎわっていた。
映画「ラストエンペラー」のロケにも使われた広大な敷地の一角に、溥儀らが住居として使った「緝熙楼(しゅうきろう)」があった。
1階の数部屋は、溥儀や婉容の写真の展示スペースだ。夫婦が手を取り合う数枚のツーショット。チャイナドレス姿の婉容の耳元にはピアスが光る。顔はふっくらとし、カメラをまっすぐ見つめほほ笑んでいる。
美貌(びぼう)で知られた皇后は、不自由な境遇や夫との関係に悩み、次第に「あるもの」にのみ込まれていく。
2階の婉容の寝室の斜め向かいに、20畳ほどの部屋があった。
じゅうたんも壁紙もピンク色。天井から金色のシャンデリアがつり下がり、中世ヨーロッパの貴族の部屋のようだ。
部屋の奥にソファがあり、すぐ前の机の上に細い管のようなパイプとランプが置かれていた。
「婉容の喫煙室」
部屋の前の解説文にはそう記されてある。この部屋は、婉容が麻薬・アヘンを吸引するために使っていた部屋だ。
ソファに横たわり、ペースト状のアヘンをランプであぶり、立ち上る煙をアヘンパイプで吸う。
アヘン
ケシの実から採れた乳液は時間がたつと黒褐色の固まりになる。これがアヘンで、吸引すると痛みや悩みが消えて陶酔感や性的快感に浸れるが、回数ごとに効き目は鈍り、使用量が増えていく。快感が切れると強い不安や倦怠(けんたい)感に襲われ、苦痛から逃れるため、アヘンなしにいられなくなってしまう。
「自由を奪われ、寂しさと苦しみを紛らわすために、婉容は一日中アヘンを吸った」。解説文にそう記されていた。
婉容は最後には重度のアヘン中毒になり、顔はやせこけ、自力で立てないほど衰弱していたという。誰にも見届けられることなく、39歳でこの世を去った。
だが当時、アヘンにむしばまれたのは、婉容だけではなかった。
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