魔方陣の難問証明 着手30年・計算2年、鉄壁に魅せられ職辞め攻略
1992年、山梨大工学部の助手だった美濃英俊さん(62)は、研究室の教授からある雑誌を見せられた。
難解な数学パズル「魔方陣」。タテ・ヨコ5マス、計25のマス目に、1~25の数をすべての列の和が同じ数になる並べ方は全部で、2億7530万5224通りある――。
米国の数学者が大型計算機を約100時間走らせ、数え上げていた。「こんな計算できると思う? とてもできそうにないんだけど……」。教授はけげんそうな顔で聞いてきた。
コンピューター科学が専門の美濃さんは試してみた。数カ月かけてプログラムを書き、学内のコンピューターで24時間計算させたところ、「答えがぴったんこ正解だった」。達成感を感じた。
次の壁は、タテ・ヨコ6マスの6次の魔方陣の総数だが、桁違いの多さから攻略不可能と恐れられていた。でも、いつか解かれるかもしれない。当時30歳。「誰かが解いたというニュースを聞くのも嫌だな」。30年に及ぶ挑戦が始まった。
予想では18000000000000000000通りほど
魔方陣は、タテ・ヨコ・斜めの全ての列の数の和が等しくなる。最も簡単なタテ・ヨコ3マスの3次の魔方陣は、真ん中に5、外のマスに4、9、2、7、6、1、8、3を順に入れていけば、どの列も和は必ず15になる。マスを数字で埋めるパターンは4万通り以上あるが、魔方陣となる解は1通りしかない(回転と裏返しは同一とみなす)。
一方、マスの数が増えると、解の数は急激に増える。
1~16の数を使う4次の魔方陣(16マス)は880通り。1~25の数を使う5次の魔方陣(25マス)は約2.7億通り。
6次の魔方陣となると別格だ。1~36の数でマスを埋める全パターンは、4.6×10の40乗(4.6正(せい))通りある。地球上に存在する砂の数よりも多いパターンの中から、魔方陣を満たす解の数を一つずつ数え上げなければいけない。
先行研究で、総数は1800京(1.8×10の19乗)ほどと見積もられていた。
気の遠くなる量の数え上げに挑戦した美濃さんだが、当てはなかった。当時の計算スピードで3億年かかるレベル。理論的に数えることは不可能。コンピューターの進化を待ちながら、研究の傍らひとりプログラミングの開発を始めた。
手当たり次第、マスに数字を当てはめて確かめることもできるが、計算量が膨大になるため悪手だ。
ポイントは「無駄を省き、取りこぼさずにすべて数え上げること」。全パターンのうち、解はごく一部。解が明らかに存在しない領域は無視して、解がありそうな領域をもれなく探索する手順を探った。
世界中のPCで計算すること134000時間
散歩する時や眠る前も考える。一度にまとめて数えられる対称性も見つけた。少しずつプログラムの改良を続けた。
家族には何も知らせなかった。「数学のパズルをやっている」と妻の美穂さんに一度伝えたことがあったが、「それってお金になるの?」「ならないよ」。それだけだった。
挑戦のメドがついたのは2022年。1100行のプログラムが完成した。計算に使うのは、ゲームやCGで用いられるGPU(画像処理装置)。通常のコンピューターのCPU(中央演算処理装置)よりも同時並行で大量に高速計算できるメリットがある。
世界中にあるGPUパソコンをネットワークでレンタルし、計算を始めた。パソコン側のエラーで計算を間違えることもある。2回数え上げて検算もした。
かかった時間は、のべ13万4千時間。平均8台でほぼ2年間計算を続け、今年5月31日、6次の魔方陣の総数が確定した。
複雑さと美しさを秘める魔方陣
人はなぜ魔方陣に魅せられるのか。記事の後半では、占いや護符に使われていた魔方陣の歴史や、超絶技巧の巨大魔方陣を紹介します。
1775京3889兆197…
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- 【視点】
最高です! 業績も、それをこれだけの分量で記事化したのも最高です。 <家族には何も知らせなかった。「数学のパズルをやっている」と妻の美穂さんに一度伝えたことがあったが、「それってお金になるの?」「ならないよ」。それだけだった。> <「何か
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