野の花あったか話 心の声 ただきく、みみをすます
徳永進・野の花診療所院長
久しぶりに東京に行った。「患者さんの心の声を聴く」という講演テーマだった。タイトルを付けたのは日本の看護を支えた川嶋みどりさん、93歳。スタスタと歩き、記憶も確か。「どうしてこんなに元気なんですか?」と尋ねた。「怒(いか)っているから!」「何に?」「日本の看護に」。やり取りは簡便率直。「今の日本の看護を見て死ぬわけにはいかない」と凜(りん)と。
患者さんの心の声を聞くなんてとても難しい。臨床はバタバタと忙しいし、ベッドサイドにはいろんな種類の声がある。避けたい声だってある。だからと言って逃げては大切な声は聞けない。患者さんや家族との間にコミュニケーションが成立するには医療者はどうすればいいか。30年前にワシントンへのホスピスツアーで受けた朝の講義が心に残っている。アメリカの年配のナースが自宅に私たちを招いて、そのコツをニコッと笑って言った。「only(ただ) listening(きく)」。このシンプルな答えを東京の会場で伝えた。講演の途中、詩を朗読した。
「みみをすます きのうの あまだれに みみをすます/(略)/みみをすます しんでゆくきょうりゅうの うめきに みみをすます かみなりにうたれ もえあがるきの さけびに(略)じぶんの うぶごえに みみをすます」
先日地上を離れていった谷川俊太郎さんの「みみをすます」を、会場のみんなが静かに聞いていた。