森内俊之九段、強さ支えたアナログ鍛錬 AI時代に知る先人のすごみ

有料記事わたしのみっつ

聞き手・杉村和将
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 将棋の元名人、森内俊之九段(54)は緻密(ちみつ)な読みと重厚な棋風で知られ、数多くのタイトルを獲得してきた。十八世名人の資格を持つ大棋士の、その強さを支えてきたものは何なのか。

森内俊之九段の「みっつ」

①「詰むや詰まざるや」 ②カレーライス ③ボードゲーム

 《森内九段が将棋を覚えたのは小学3年生のとき。初めて手にした将棋の本がある》

 将棋を覚えた最初のころは、飛車を5筋に振る「中飛車」にして、さらに左右の銀を玉の斜め前に上がって守る「無敵囲い」をよくやっていた気がします。始めてからすぐに、ちゃんと将棋の勉強をしようと、東京・千駄ケ谷の将棋会館にあった将棋教室に通うようになりましたが、そこで先生にいただいた本が、大山康晴十五世名人の著書「親と子の将棋教室」です。

 駒の動かし方など初心者向けの説明から始まり、玉の詰まし方、戦い方など幅広く載っている本で、よく読んで勉強しました。飛車と角を捨てて「必至」(相手がどう受けても詰みを逃れられない状況)をかける有名な二枚落ちの定跡とか、懐かしいですね。

 《プロを目指す修業時代には、江戸時代詰将棋作品集にも取り組んだ。七世名人伊藤宗看(そうかん)による「将棋無双」と、弟の伊藤看寿(かんじゅ)による「将棋図巧」。計200問、その難解さから「詰むや詰まざるや」とも呼ばれる》

 小学6年生で棋士養成機関「奨励会」に入りましたが、中学から高校時代にこの作品集に取り組みました。米長邦雄先生(永世棋聖)が「全て解ければプロになれる」と話されていたのを知り、探して購入したんです。それまで長編の詰将棋を解いたことがなかったので苦労しましたね。

 家で盤に並べることもありましたが、外で頭の中で考えたこともありました。でも散歩しながらだと気持ちが別の世界に行ってしまって、何かにぶつかったり危ない思いをすることもありました(笑)。

 最長が611手詰めで、中には何週間も考えて解いた問題もありましたし、解けなかった問題もありました。これに取り組んだことで、先の局面を想定して正確に読んでいく力が身についたと思います。

 私は考えることが嫌じゃなく、それは棋士として恵まれた点だと思いますが、この作品集を通じてその力が磨かれましたし、自分のバックボーンになっている気がします。

 この作品集には衝撃を受けました。当時の名棋士たちが作った時代を超えた作品で、これほどレベルの高い問題をたくさんそろえて作品集にされるということは素晴らしいことだと思います。仮に今やったとしても大変な才能と労力を必要とする作業で、それを江戸時代に成し遂げたということは、今の尺度では測り切れないすごみを感じます。

 この作品集には短手数の作品もあるんですが、その中にも印象深いものがあります。「将棋無双」1問目の11手詰めの作品はまさにそうですね。捨て駒が次々に出てきて、変化がすごく複雑ですが、ピリッと引き締まっていて、今見てもすごくきれいな作品ですね。

 奨励会に入ってからは、升田幸三先生(実力制第四代名人)の「升田将棋勝局集」も並べて勉強しました。升田先生の名局が自戦解説とともにそろっている実戦集で、解説を読みながら棋譜を盤に並べました。升田先生は構想が人並み外れたところがあり、勉強になることが多かったです。

 特に印象深い将棋は、1958年の升田名人―大山王将の第17期名人戦で、升田先生が名人防衛を決められた第7局です。升田先生が「生涯最高の将棋」とおっしゃっていますが、途中で一気に攻めるよりも相手の手を消すような緻密な動きがあり、そこでペースを握ってその後一気に加速して勝ったという将棋です。

 驚くのは、この本を見返していると、最近はやっているような形も出てきたりすることです。将棋は歴史とともに変わっていくので、その頃の将棋で指されなくなった形もありますが、AI(人工知能)が発展したことで、昔の形を再評価するということも出てきています。

 AIが昔のデータをどこまで活用しているのかはわかりませんが、結果として、昔指されていてその後指されなくなったという形が、またリバイバルのように指されてきて、今では優秀だということで取り入れられています。それを考えると、この当時の先生方の先見性、時代を先取りした戦い方というのはすごいなと思います。

 はやっていたものがはやらなくなるのは、それが良くないのではないかという認識が強まってそうなるわけですが、AIの出現で、実はそれが良かったということになると、価値観ががらりと変わります。そういう意味では、温故知新という言葉がありますが、今が絶対だと思わないことは大事なことなのかなと思います。

 《修業時代の鍛錬方法はアナログなものだった。AIが日々進化する現在において、そうした鍛錬方法の価値をどう考えるのだろうか》

 私の修業時代は、疑問に対す…

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この記事を書いた人
杉村和将
文化部|将棋麻雀担当
専門・関心分野
将棋、麻雀、まちづくり