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【南千住を歩くpart2その1】南千住6~8丁目エリア!隅田川テラスの工事、日枝神社、山王清兵衛祠に見入る!
2023年2月23日、南千住六丁目緑地(南千住6-38)へ来ています。テラス部分に看板を発見。隅田川テラスを通す工事をしているとのこと。開通したら便利になりますね!今回は未踏の地を目指します。千住大橋を横目に、どんどん進みます。小さな神社らしき建物を発見。Googleマップよると、南千住日枝神社(南千住7-23-18)とのこと。史跡の説明板がありました。山王清兵衛(日枝神社)日枝神社は、江戸時代山王社とよばれた旧中村町(...
小袋谷切通(こぶくろやきりどおし)1333年の鎌倉攻めでは新田義貞率いる軍がこの道を利用 神奈川
鎌倉七口の一つで、鎌倉の雪ノ下と北鎌倉の山ノ内を結んでいた古道で、別名「巨福呂坂(こぶくろざか)」とも呼ばれています。 旧道はこの先、現在個人所有地 青梅聖天社 この切通は、かつて鎌倉と外界を結ぶ重要な交通路でしたが、現在は通り抜けることができない状態で、途中には庚申塔や古くからの神社があり、歴史を感じることができます。 江戸時代には、巨福呂坂は「小袋坂」とも呼ばれ、徳川光圀の「鎌倉日記」にもその名が登場し、明治時代には新道が開かれ、旧道は次第に利用されなくなったそうです。 巨福呂坂洞門 画像はフォトムービーでもお楽しみください・・・・ 撮影:2022.08.03 神奈川県鎌倉市雪ノ下JR横須賀線、鎌倉駅 <Youtubeライブラリ>WiHi接続の方は再生画質を調整してお楽しみください。思い出の写真をフォトムービーにして Ⅰ思い..
2024年6月 府中市郷土の森博物館 アナベルが目的だったのに、色々な紫陽花を楽しみ、園内の風景を 楽しみ、とても充実した一日になりまし...
5月・ウォーキング特集④ : 民俗学的にものすごく珍しい狛犬(最終回)
日本の狛犬は最初から神社の参道に置かれた訳ではないようです。最初は宮中や神殿などに置かれていました。神社の参道に置かれるようになったのは、江戸時代初期。狛犬愛好家の方は、屋内に置かれた狛犬と区別して、「参道狛犬」と呼んでらっしゃるようですよ。さて、今回は、東京都新宿区北新宿にある、こちらの神社に伺いました。「鎧神社」であります。創建は醍醐帝の治世(898年~929年頃)。円照寺が創建され、寺の鬼門鎮護の神祀(しんし)として建てられたと言われています。元々、この地には日本武尊が東征の時に甲冑六具をこの地に埋めたという伝説がありました。また、藤原秀郷によって討たれた平将門の鎧も埋められたと言われています。そうした伝説が神社の名の由来となっています。御祭神は日本武命、大己貴命(おおなむちのみこと)、少彦名命(す...5月・ウォーキング特集④:民俗学的にものすごく珍しい狛犬(最終回)
【北区散歩その1】閉店の梶原書店、<上中銀座商店会>、上中里庚申堂に見入る!
2023年1月28日、<梶原銀座商店街>の近くに来ています。梶原書店(堀船3-31-11)の様子を見に来ました。シャッターが下りてます。ついに完全閉店となったようです。2022年11月22日の散歩で、シャッターが開いて営業しているのを見たのが、最後となってしまいました。手書きの古い看板は残されていました。通り過ぎる都電も、なんだか寂しげに見えました。<上中銀座商店会>へ。どんどん進みます。ポスター発見。「サムアップ!!...
高円寺の庚申塔|庚申通り商店街にお祀りされてます(東京都杉並区)
所在地東京都杉並区高円寺北2丁目38−12由 緒1716年、高円寺村の講中10人が悪病退散・村民安全を願って建立したのが始まり。当初は真南に向って建っていましたが、1923年の関東大震災で横転してしまい、その後、西向きに建立されたという。ま
【足立区散歩その5】古内天祖神社(神明神社)の庚申塔、堀之内北公園の恐竜、堀之内一丁目プチテラスに見入る!
2022年11月17日、前回の記事からの続きです。次の目的地が見えてきました。「神明通り商店会」という商店街に突入!ミシュランにも載った焼肉の名店が軒を並べているという商店街も気になるのですが、今回やって来たのはこちら。古内天祖神社(神明神社)(鹿浜3-12-3)「古内」は、かつての鹿浜村の古内地区のこと。この古内周辺には大正時代まで「島」「糀屋」「堀之内」「東」といった小字地名がありました。御祭神は、天照大御...
今回は東側から入りました参拝者入口境内に入る並ばなくても済むように早く来たから参拝者が少ないジャジャーン家族、友人、このブログに訪れた方の健康を祈願しました尺イワナが釣れますように毎年同じなんだ何か食べよう・・・たこ焼屋さん焼いてるヤイテル今年はイイダコ
的原神社(宗像市村山田)―福津市境・旧3号線のそばにたつ鎮守
※2022年1月31日:写真差し替え今回は宗像市村山田地区にある「的原神社」の様子をお送りします。以前にも同名の「的原神社」を2か所取り上げましたが、これら3神社はそれぞれ近くにあるので、混同しないように注意が必要です。関連記事「的原神社(福津市八並)」「的原神社(宗像市平井・田熊)」当神社は宗像市最西端の村山田地区に位置し、すぐ目の前を「旧3号」こと県道97号(県道福間宗像玄海線)と鹿児島本線が通り、すぐ西側には福津市...
散策!札幌(70) 民俗学的にも大変珍しい「仙人庚申塚」を拝見する
≪前回からのつづき🌟散策のお土産「三星(みつぼし)」と言えば、ハスカップジャムを使ったロールケーキ「よいとまけ」がとても有名な北海道・苫小牧(とまこまい)のお菓子屋さんであります。「よいとまけ」は北海道代表するお菓子なので、土産店に行けば手に入るのですが、それ以外のお菓子となると、入手はかなり難しくなります。ハスカップスイーツの種類の多さにかけては、道内随一の「三星」さん。北海道のフルーツである「ハスカップ」を身近にしてくれている「三星」さんのお菓子は、チャンスがあれば是非いただきたいものであります。JR「あいの里教育大」駅前にあるショッピングエリア。最後の休憩にもおススメ。そんな訳で、私、札幌の郊外に出かけて行く時は、「コープさっぽろ」をまずチェック。あれば、「三星」さんがテナントとして入っているかどう...散策!札幌(70)民俗学的にも大変珍しい「仙人庚申塚」を拝見する
23年9月21日のじゅん散歩@庚申塚 掛け軸と緑茶で江戸の風情を感じる日
テレビ朝日で放映の人気番組「じゅん散歩」9月21日の放送は庚申塚を散歩しています。掛け軸や緑茶の専門店など番組で訪れた場所・名物を掘り下げて紹介します。
【足立区散歩その2】本木1・本木南町3~4丁目エリア!いずみ記念病院周辺、地蔵堂、もといち南リバーサイドプチテラス、本木胡録神社、山王二十一仏庚申塔に見入る!
2022年10月27日、前回の記事からの続きです。本木新道から路地へ入ってみました。力神堂接骨院(本木1-21-1)付近レトロな物件。目に留まる物件は無く、ぐるりと回って、いずみ記念病院(本木1-3-7)付近まで来ました。すぐ側に、有限会社おいしいミルク 明治乳業 本木宅配センター(本木1-25-28)理容 梅田(本木1-25-30)荒川土手が見えます。さて、どこへ行こうかな。マップを見て、やって来たのはこちら。地蔵堂(本木南町3-21...
八王子の巨人 2―宇津木町 石川町線が上空を渡る谷地川を上流に向かうと、八王子バイパス脇で渡る青木橋の辺りは、もう宇津木町(うつぎちょう)だ。 この町は、大凡で旧宇津木村に相当する。宇津木村は、1889年(明治22年)に周辺の大和田村・石川村(現石川町)・北大
夏の長野と街歩きの旅part22~安曇野で道祖神を巡る2~ 本編の前に我が家のプチネタ。 今日のお題は「ももたのくつろぎタイム1」。 気持ちよ~くマ…
夏の長野と街歩きの旅part21~安曇野で道祖神を巡る1~ 本編の前に我が家のプチネタ。 今日のお題は「ももたのキャリーバッグ2」。 初めはちょっと…
夏の長野と街歩きの旅part2~中津川宿、街歩きなう~ (「なう」って言葉、まだ死語にはなっとらんよな?) 旅行初日、午後4時過ぎ。 岐阜県中津川…
読者のみなさま、おこんばんわ m(_ _ )m本日もご訪問ありがとうございます。 幸運エネルギーをONにして人生を書換える神仏融合アチューメント3100名以上…
野蔦 訪ねたのは東京都南部、神奈川県境付近にある街、野津田町。少し前に紹介した、同じ町田市の小野路浅間神社の旧お社が、元はこの町の野津田神社の中宮であったと知り気になったのだ。 神社は、鎌倉街道から、僅か丘陵を上がった先にあった。野津田神社 東
久末義民地蔵尊・庚申塔(神奈川県川崎市高津区)を訪問しました
久末義民地蔵尊・庚申塔(→神奈川県川崎市高津区久末)は、江戸時代前期の1694(元禄7)年に、久末村の領主であった旗本の佐橋佳純(さはしよしずみ)の「苛性」を幕府に直訴した罪で処刑された名主を「義民」として祀った地蔵尊の1つです。地蔵尊の隣には江戸時代後期に建立された庚申塔があります。代表越訴型一揆とは正規の訴願順序を越えて、直接上長(→将軍や大名・旗本など)に訴える訴訟を「越訴」(おっそ)といい、江戸時代の前期に...
【荒川区散歩その1】町屋1・7~8丁目・南千住6丁目エリア!解体・建設現場、町屋八丁目児童遊園、一本松グリーンスポット、南千住六丁目緑地に見入る!
2023年4月2日、朝日屋鯨井商店(町屋7-1)付近を歩いています。どんどん進みます。解体現場を発見。(町屋8-4-1)ストリートビューで確認したところ、2018年4月時点までは、「明治ビタ牛乳 町屋販売所 岸乳業有限会社」と書かれた看板が残っていました。牛乳の販売店だったんですね。2階建ての建物だったようです。町屋八丁目児童遊園(町屋8-2-5) 昭和49年4月1日開園グー、チョキ、パーを飾ったカラフルな複合遊具があることか...
【北千住界隈その1】名倉医院本院、旧下妻道石標、 大黒湯唐破風移築!?安養院に見入る!
2022年6月1日、虹の広場へ来ています。シーズンオフな感じですね。今回は河川敷の散策ではなく、このスロープを下り・・・横断歩道を渡って・・・さらにスロープを下り・・・土手下の世界へ。目の前の道をまっすぐ進んで見てきたのは・・・骨接ぎといえば名倉!名倉医院(千住5-22-1)明和7年(1770)創業、本院でございます。名倉家は、秩父の畠山氏の末裔。享保年中(1716~1736)に千住へ移り、明和7年(1770)に業祖・名倉直賢...
小野路遊山 2―小野路城址 万松寺谷戸を離れ、舗装された細道の急坂を上がって行く。すれば、間もなく右道路脇に鶴川線30号(標高95.8m)。鶴川線30号 手前に見えるのは電柱ではなく、送電線保護のため(離隔距離確保のため)強剪定されたクヌギ(だと思う)。
善行神社(ぜんぎょうじんじゃ→神奈川県藤沢市善行2丁目)は、善行内にあった八坂神社と稲荷神社(善行稲荷)という別々の2社を1997(平成9)年に合祀して創建した神社で、源義経を祀る白旗神社(→神奈川県藤沢市藤沢2丁目)の兼務社となります。境内には神仏習合の名残りも見られ、社殿の横にある薬師堂は江戸時代に別当寺を務めた起雲山 全龍寺(廃寺→神奈川県藤沢市善行1丁目)から移されたものと伝わります。薬師堂の左側の塀に沿っ...
豊栄稲荷神社(とよさかいなりじんじゃ→東京都渋谷区渋谷3丁目)は、鎌倉時代前期に渋谷高重が創建した田中稲荷社と、江戸時代に但馬豊岡藩(→外様大名京極氏)の下屋敷で祀られた豊沢稲荷社の2社を前身とする神社です。田中稲荷社はもともと現在の渋谷駅(→東京都渋谷区道玄坂1丁目)近くにあり、戦国時代の1524(大永4)年に北条氏綱と扇谷上杉朝興の合戦の際に被害を受け、江戸時代前期の1703(元禄16)年8月に再建されたようです。江戸時...
【北千住界隈その2】千住中居町・千住1丁目エリア!つのだ事務器店、千住町役場跡(あだち産業センター)、不動院、東京芸術センター前の千住問屋場・貫目改所跡に見入る!
2022年4月12日、前回の記事からの続きです。日光街道沿いで見つけた、つのだ事務器店(千住中居町8)良いですね~どんどん進みます。ここは?東京都足立区歯科医師会館(千住1-5-5)お隣が、あだち産業センター(千住1-5-7)千住町役場跡なんだって。石標がありました。どんどん進みます。辿り着いたのは、新義真言宗 不動院(千住1-2-2) 当寺の本尊は不動明王である。元弘2年(1332)秀天上人の開山という。もと吉祥院の末寺で...
【北区散歩その5】志茂3~4丁目エリア!<志茂銀座商店会>を行く!みどり湯、橋戸の子育地蔵尊、庚申堂、西蓮寺、志茂四わかば児童遊園、古民家冨田邸に見入る!
2022年3月11日、前回の記事からの続きです。横断歩道を渡り、一本裏の道へ。ここは、志茂旧道。そして、<志茂銀座商店会>に入ります!たばこ屋さん(志茂3-20-8)<志茂銀座商店会>みやこ鮨(志茂3-20-12)口コミ評価高し!<志茂銀座商店会>どんどん進みます。森田薬品(志茂3-23)<志茂銀座商店会>東屋(志茂3-25-7)<志茂銀座商店会>HOTランド みどり湯(志茂3-25-9)健康湯。一週間ごとにお湯が変わるんですね!中華料...
清水山 盛源寺(→神奈川県川崎市多摩区長沢1丁目)は、戦国時代末期に夏蒐山 修廣寺(→神奈川県川崎市麻生区片平2丁目)の3代住職・玄頓が開山した曹洞宗寺院です。玄頓は1591(天正19)年に死去しているので創建はそれ以前であることが分かります。江戸時代には本山・末寺の制により修廣寺の末寺として幕藩体制の一翼を担いました。本堂へ向かう参道の右手には川崎市の重要郷土資料に指定されている「寛文十年霜月」(江戸時代前期→1670...
【北区散歩その3】王子5丁目、神谷1・3丁目、志茂1丁目エリア!庚申塔、神谷陸橋、赤羽警察署、北清掃工場へ!
2022年3月11日、前回の記事からの続きです。看板を発見。どうやら<神谷橋庚申通り商店街>の入り口に辿り着いたようです。商店街は、東京メトロ南北線王子神谷駅前の王子5丁目付近から新田橋通りとぶつかる豊島8丁目付近の信号付近までのほぼ真っすぐに伸びているようです。寄りたいけれど、次の機会に!っていうか、看板の後ろが庚申塔でした!!(王子5-20)「古蹟 観音塚之由来記」読みたかったのですが、読みにくい(;^ω^)送り仮...
今回は宮若市北西部、水原地区に鎮座する貴船神社をめぐります。鎮座地は片熊集落の南東隅、ちょうど善徳寺の真横です。立派な本堂を持つ善徳寺とは対照的に、貴船神社の境内はかなり小さく、大半が石造物で構成されています。御神体は小祠の中に安置されていました。なお、祠の背後には庚申碑が3~4基ほど鎮座しています。▲神社全景▲一の鳥居▲縁がすり減った水盤▲祠・石燈籠・庚申碑撮影日:2022年12月30日...
今回は宮若市北部、下有木(しもあるき)地区に鎮座する熊野神社をめぐります。その位置は旧笠松村の中心地に近く、北側には旧笠松小学校が、すぐ南には古い公営住宅街「旭ヶ丘」があります。東に向かって山を越えると、そこにあるのはトヨタ九州の巨大工場です。神社自体に目をやると、その場所には下有木古墳群もあります。墳丘自体は確認していませんが、境内から山中に入っていけば、小古墳が手つかずで残っていることでしょう...
【足立区散歩その1】扇2丁目・江北1~2丁目エリア!吉祥院境外仏堂・地蔵堂、親愛地蔵尊、マルマサ製菓、江北一丁目アパート広場、江北ふれあい公園に見入る!
2022年2月22日、扇大橋を渡っています。まだまだ工事中。扇大橋を渡り切り、適当なところの道へ入ってみます。路傍祠発見。Googleマップによると、「吉祥院境外仏堂 地蔵堂」とのこと。(扇2-3-6)本木西町17-5に所在する吉祥院の境外仏堂のようです。本木の吉祥院は、2022年1月22日の散歩で記事にしています。私の撮影技術が未熟なのか、コンデジが悪いのか、刻んである文字が上手く撮影出来ず。これは、庚申塔かな?下の方にお...
【足立区散歩その5】江北3丁目・堀之内2丁目エリア!薬王院、閉校予定の江北小学校、足立堀之内公園に見入る!
2022年2月3日、前回の記事からの続きです。上沼田北野神社のすぐ側にある、薬王院(江北3-18-22)へ。創建は、元禄年間(1688~1704)、開山は乗禅法印で宝永三年(1706)の寂と伝わる。門前にある庚申塔三基は、中国の道教の影響を受けた庚申待という風習を継続した記念に建てられたものである。薬王院の元禄十年(1697)銘の庚申塔には直右衛門を初めて押して十六名の名前が刻まれており、多くの人々が集まって庚申待をしていた...
大岾稲荷 埼玉県は所沢市南永井、中富線15号鉄塔下の細道を抜け、14号方向へと向かうと、南永井通りの向こう側に、小さな神社を見付けた。神社だ 本来の目的地は中富線14号鉄塔だが、そこへ行く前に、お訪ねしたいと思う。小さなお社とても小さな、かわいらしい
久本神社(→神奈川県川崎市高津区久本1丁目)は、明治時代前期の1873(明治6)年に旧久本村の鎮守として尊崇を集めていた八幡社・杉山社上社・杉山社下社を神明社に合祀して創建した神社です。合祀前の各社の創建年代は不詳ですが、杉山下社と神明社は江戸時代までは命府山 理生院 龍台寺(→神奈川県川崎市高津区久本2丁目)が別当寺として祭祀を司っていました。もとの神明社は裏山の頂にあったようですが合祀の際に麓に移築したといい...
久本医薬門公園(→神奈川県川崎市高津区久本1丁目)は、1889(明治22)年の町村制公布により誕生した橘樹(たちばな)郡高津村の初代村長となった医師・岡重孝の邸宅があった場所です。岡家は江戸時代後期から8代にわたり医師の家系で、公園名の由来となる「医薬門」と「蔵」と「日本庭園」の一部が公園として残されており、母屋があった頃には黒澤明監督の映画『赤ひげ』の療養所(→小石川養生所)のモデルになったとも言われています。医...
常楽寺群馬県太田市上田島町ここを入って行くと右側が駐車場だよ門から入って行きます雨なのに大勢の人が写真を撮っていました白も良いよね~庚申塔の青面金剛に挨拶池に映る彼岸花ズームで撮る晴れてると水滴に周りが写るんだけど・・・小雨が降ってるんだから晴れないよ白
鶴岡八幡宮から建長寺へ通じる山道で1240年、北条泰時が自身の所領地である山ノ内への便を目的に開いたもので、鎌倉と武蔵を結ぶ要路で、新田義貞の鎌倉攻めでは大激戦が展開されました。明治初期1898年に新道を拓いた折りに巨福呂洞門の上にあった切通し部分は失われています。 旧道の巨福呂坂はこの新道よりさらに上の場所に位置しており、八幡宮の裏から住宅街の小道を進み、青梅聖天の横を通って登っていく道で、青梅聖天の下には庚申塔や道祖神、供養塔群があり、その先は行きどまりとなっています。 青梅聖天(おうめせいてんしゃ)の名前の由来は、三代将軍実朝が激しい病にかかったとき、仕えの者が時期はずれの青梅を探しまわり、ようやくここで見つけ、これを献ずるとたちまち病が癒えたそうです。 画像はフォトムービーでもお楽しみください・・・・ 神奈川県鎌倉市雪ノ下JR横須賀線、鎌倉..
【足立区散歩その3】扇2丁目、江北2丁目エリア!日本家屋、恵明寺、煉瓦塀に見入る!
2021年10月7日、前回の記事からの続きです。横の道へ。この辺りは比較的新しい戸建てが建ち並んでいます。向かい側は、立派な庭のあるお宅。立派な日本家屋!移動します。竹藪?振り返って撮影。道沿いに植えてあるんですね。あの建物は、先ほどの日本家屋?やっぱりそうです。思いがけず別角度から拝見できました。今日まで建物を維持できてるということは、大事に住まわれているんですね。こちらの庭にも竹かな?竹ってなんか雰...
【足立区散歩その1】扇2丁目エリア! 扇みしま公園、三嶋神社に見入る!
2021年10月7日、扇大橋を渡っています。荒川には、ダイサギ?チュウサギ?荒川河川敷の左岸を走行中。途中の階段を下ります。ほぼ正面に見えるのは、大江戸 扇大橋本店(扇2-8-5)口コミ評価高し!大江戸 扇大橋本店の脇の道へ入ってみる。適当に、どんどん進みます。足立区立扇みしま公園を発見!(扇2-23-25)結構広いですね。この形は初めて見ました。以上、扇みしま公園でした!移動します。おや?公園かな?神社の境内にある...
2021年7月14日、ぶら~り、原稲荷神社(町屋2-8-7)へ。実は、まだ訪問したことが無かったのです。境内へ延びる参道。手水舎風化を防ぐためか、白く上塗りされています。社殿社殿の右奥に、庚申塔が。荒川区指定文化財 「阿弥陀三尊来迎図像庚申塔(正保四年二月吉日銘)」全国的にも珍しい阿弥陀三尊の線刻が施されています。うっすらなので、上手く撮れない・・・お猿さん、発見。堂々と胸を張っている狛犬さん。笑っているよう...
街歩きをするようになって知った「庚申講(こうしんこう)」なので、思い入れが深く、「庚申待」を3年18回続けた記念に建立された「庚申塔(庚申塚)」を見つけたら、当ブログで紹介するようにしております。💡庚申講とは江戸時代の民間信仰の一つ。六十日ごとに講中が集まって念仏を唱え、長寿を祈る行事で、その信仰の対象として庚申塔が建てられ、表面には青面金剛(しょうめんこんごう)、天邪鬼(あまのじゃく)、日月、三猿などが彫られた。講はのちにレクリエーションの場に変わっていった。(参考:東京都渋谷区設置の説明板)今回は2つの庚申塚をご紹介したいと思います。まずは東京都中野区南台4丁目にある「一本松の庚申塚」であります。説明板によると、こちらの庚申塚の縁起は2つあるようです。1つは地元の方の間に残る言い伝えで、明和年間(1764~...杉並・堀ノ内の庚申堂と中野・南台の庚申塚
長沼公園三姉妹 四 スズメバチの巣の下を通り行けば、そのまま26号(標高138.9m)直下だ。ササ薮を抜ければ、もう目の前に建っている。26号(昭和37年10月 31m) 当然、こちらも。26号 26号は、三姉妹唯一の懸垂型である。 そして、24号とも25号とも
茨城県古河市【旧総和町】庚申塔ノ青面金剛像左の大きいほうが、元禄五壬申歳十一月吉祥日、高さ126、高さ55右の小さいほうが、元禄?十月。高さ91、幅41...
茨城県古河市、庚申塔めぐり~青面金剛像を訪ねて元禄八歳乙亥十月十九日奉納庚申供養二世安楽下総国葛飾郡~ 施主 同行廿八人 高さ132、幅57ヘビ頭...