2023年の4月1日。多くの会社がそうであるように、大阪市のある会社でも入社式が行われていた。
全従業員およそ30人が集まる中、人事の担当者が、白い紙を手にし、書いてある文章を読み上げ始めた。
《娘は小さい頃はとても引っこみ思案な子で、親としても心配するほどでしたが、今ではその事を忘れるぐらい行動力が備わってきました》
新入社員の森彩奈さん(23)は、下を向いていた。
「母ちゃん、恥ずかしい……」
読み上げがつづく。
《とは言いましても、控えめな性格で、前へ出るタイプではありませんが、相手のことを思いやれる優しい子です》
《他のことが目に入らなくなるほど集中力もあり、何事も真面目に取り組むことができますので、貴社でお世話になった暁にはお役に立てることと存じます》
読み上げられたのは、森さんの母が会社にあてた手紙。「娘を採用してください」との思いをこめた推薦状だった。
最終面接前には「推薦の手紙」を
入社式で推薦状を読み上げるのは、この会社、大阪市生野区にある「大都」の「恒例行事」だ。毎年2~3人が入社してきて、それぞれの推薦状が朗読される。
大都は日曜大工、DIYの道具をオンラインで販売し、年商は70億円を超える。
その3代目、山田岳人さん(54)は7年前、社員の採用を決める最終面接にあわせて就職希望者にお願いし始めた。
だれでもいいから推薦の手紙を書いてもらい、会社に郵送してください。
コピーライターの糸井重里さんが経営するコンテンツ会社「ほぼ日」が、就職希望者に推薦状を求めていると知り、うちもしようと思ったのだ。
もちろん、推薦状の内容で採否を決めるわけではない。でも、人間性の一端でも見ることができたらな、である。「面接だけじゃ分からないことがたくさんありますから」と山田さん。
最終面接までに10人ほどに絞る。採用するのは2~3人。不採用になった人にも、郵送してもらった推薦状を返す。ご縁はなかったけれど、読んでもらうことで自分を応援してくれる人の存在を知ってほしい、という思いからだ。「面接を受けて良かったと思ってほしくて」と山田さん。
ある時、山田さんのもとに、こんな推薦状が届いた。
《私ども役員のこまごまとした雑用にも、忙しい中、イヤな顔を見せずにこなしてもらえたと感謝している(中略)明るい性格と前向きな積極的姿勢は、彼女の大きな長所と思われる》
書いたのは、中堅印刷会社の会長。
中村美空さん(40)が当時の会長に書いてもらった。
会長室で「私の推薦状を書いてください」
中村さんは未婚で息子を出産…