国際政治学者・五十嵐元道さん寄稿
2024年12月3日夜、韓国で大統領によって戒厳令が宣言された。その直後、与野党の議員が素早く議場に結集し、解除要求決議案を可決した。軍や警察が多数出動するなか、市民や議員が勇猛果敢に抵抗する場面が映像として記録された。現在でもそうした映像を通じて間接的に緊張感を味わうことができる。
ところが、日本のテレビではその事件がほぼ生中継されることはなく、関心を持った日本の市民らは、インターネットで情報収集せざるをえなかった。テレビは機能しなかったが動画サイトが韓国の状況を生中継しており、実際それで十分だった。なるほど、テレビ離れが進むわけである。
これは1980年の光州事件の時とは対照的だ。
40年以上も前のこの事件では、後に大統領になる全斗煥(当時、陸軍少将)のもとで展開された戒厳令に対し、学生や市民が民主化を求めて立ち上がり、軍隊からの暴力によって多くの犠牲者が出た。日本でもヒットした映画「タクシー運転手 約束は海を越えて」で描かれたように、ドイツ人記者のユルゲン・ヒンツペーターが大きなビデオカメラを回しながら逃げ回り、懸命に事件の様子を撮影した。彼のおかげで歴史的な事件は映像記録として残り、世界で放送された。
アナログのビデオカメラの場合、カメラで撮ったビデオテープを〝物理的〟に輸送しなければならない。ヒンツペーターは命からがら韓国から日本に渡り、そこからテープをヨーロッパに送った。写真も同様で、同時期に現地取材を敢行した朝日新聞の記者たちも、米AP通信のソウル支局からフィルムを送っている。
それが今では様変わりした。カメラ付き携帯電話を持っている市民なら誰でも、歴史的な大事件を映像記録として残し、そのままネットを通じて世界に流せるようになった。かつてはプロのジャーナリストしかできなかった撮影や報道が、誰にでもできてしまう可能性が出てきたのだ。
ペンは剣よりも強し、カメラは…
筆者はこれまで戦争とデータについての研究を行ってきた。研究を続けるうちに、写真や映像といった視覚データが近年、戦争に関連するデータのなかでも、とりわけ重要な地位を占めていることに気が付いた。私たちは、戦争の画像や映像によって大きく心を動かされ、時に政治的な運動に至ることさえある。
カメラは剣よりも、時にペン…