野生の鹿肉や猪肉…ジビエの生食でE型肝炎、リスクどれぐらい?
ジビエの生食はE型肝炎をはじめとしてさまざまな感染症のリスクがあり、お勧めできません。しかし「猟師たちはこれまで鹿や猪を生で食べてきたがなんの問題もなかった」という意見もあります。実体験に基づいた意見であり、おそらくはその通りなのでしょう。ジビエを生で食べると必ず食中毒を起こすのであれば危険性も昔から知られていたはずです。たいていは大丈夫でも、ときに重篤な症状を引き起こすからこそやっかいなのです。
E型肝炎のリスクを考えてみましょう。E型肝炎が鹿肉の生食で感染することが最初に報告されたのは2003年です。E型肝炎が人畜共通感染症であることがはっきりわかってから、まだ20年も経っていません。なかなか気づかれなかったのには理由があります。
まず、鹿や猪が必ずE型肝炎ウイルスを保有しているわけではありません。ウイルスを保有している個体もいれば、そうでない個体もいます。さまざまな調査がありますが、平均すると数%といったところです。また、ウイルスを保有している個体を生で食べたからと言って必ず感染するとは限りません。これは実験するわけにはいかず、どれぐらいの確率なのかはわかりません。
E型肝炎は不顕性感染、つまり感染はするけど発症はしないことがわりとあります。発展途上国では汚れた水を介した感染で多くのE型肝炎が発生しています。WHOの推計では、世界中で毎年2千万人がE型肝炎ウイルスに感染し、330万人が発症したとされています。割合では16.5%ぐらいです。つまり不顕性感染が80%以上あります。また、発症した人も多くは軽症にとどまり自然治癒します。E型肝炎による死亡者は約4万4千人と推定されていますので、発症者に対する割合では1.3%ぐらいです。他の報告でも致死率は0.2~4%の範囲です。いずれにせよ、発症しても9割以上の人は死にません。
感染してから症状が出るまでの期間(潜伏期間)が平均して5~6週間と長いのも、なかなか危険性が気づかれなかった理由でしょう。山に入って狩りをする猟師さんは、たいていは健康な成人です。鹿肉や猪肉を加熱せずに食べてE型肝炎ウイルスに感染しても、発症しなかったり、発症しても5~6週間後に軽度の発熱、食欲不振、黄疸(おうだん)が出たりするぐらいで、たいていは自然に治ります。とても運の悪い人は重症の肝炎を起こして亡くなった人もいたかもしれませんが、ごく少数に限られていたでしょう。山中で事故に遭って死亡する確率のほうが高いかもしれません。
ただ、自己消費に留まらず、飲食店で提供するとなると話が違ってきます。妊婦がE型肝炎ウイルスに感染すると致死率が20%と高いことが知られています。乳幼児や高齢者、もともと肝臓疾患を持っている人も危険性が高いです。他の食べ物と比べても容認できるリスクではないと思います。飲食店での提供は禁止し、どうしても食べたい人が自己責任で食べる選択肢は残しておくというのが、妥当な落としどころだと私は考えます。
連載内科医・酒井健司の医心電信
この連載の一覧を見る- 酒井健司(さかい・けんじ)内科医
- 1971年、福岡県生まれ。1996年九州大学医学部卒。九州大学第一内科入局。福岡市内の一般病院に内科医として勤務。趣味は読書と釣り。医療は奥が深いです。教科書や医学雑誌には、ちょっとした患者さんの疑問や不満などは書いていません。どうか教えてください。みなさんと一緒に考えるのが、このコラムの狙いです。