第1回京アニそばの路地、座り込み10分考えた末に 青葉被告の半生を追う
《自分の人生はあまりに暗い。京アニは光の階段を上っているが、自分はこの10年間いろいろあった。
郵便局をクビになり、コンビニ強盗をして刑務所にも行った。自信作の小説を応募したものの、たたき落とされた。その小説の内容を京アニにパクられた。思いを寄せていた京アニの女性監督に犯罪歴も知られていた。
どうしても許せないのは京アニだ》
青葉真司被告(45)は京都アニメーション第1スタジオそばの路地に座り込んでいた。頭を抱えたまま10分あまり、半生を振り返った。
脇に置いた台車には、ガソリン40リットルの入った携行缶二つを載せていた。
ガソリンをまいて放火する発想は、5人が死亡した2001年の消費者金融「武富士」での事件を覚えていたからだ。
《事件を起こすことは8カ月前から念頭にあった。踏みとどまれたのは、自分のような悪党でも小さな良心がどこかにあったからだ。それに訪問介護の人も来てくれていた。人とのつながりがあったので、事件は起こさなかった》
しかし、やっぱりここまできたらやろう、そう思った。
ガソリンをバケツに10リットルほど移し替えた。
第1スタジオの入り口のドアが開いているか確かめるために中へ。いったん外に出てからバケツを持ち、6本の包丁を隠したカバンを肩に掛けて再び中に入った。
入り口の近くに、絵を描いている男性が見えた。距離は1メートルほど。右手を振り上げ、ガソリンをまいた。その人にも掛かった。驚いた表情で「何するんだ!」と言われた。
その奥にいた女性2人が「なに? なに?」と言っていた。
「死ね!」
ズボンのポケットからライターを出して火を付けた。
警察官に「お前らが全部知ってるんだろ」
「119番京都市の消防です。火事ですか救急ですか?」
「多分どっちもやと思うんですけど」
「爆発音があって煙が出ています」
「悲鳴が聞こえてて」
「無理ない程度で情報を教えてもらいたいんです」(119番指令)
「けが人めっちゃいます。血出たはる人」
「2階、3階も燃えてると思います」
2019年7月18日午前10時半すぎ。京都市消防局は、近隣住民からの119番通報で、京アニ第1スタジオ(京都市伏見区)の大規模な火災を覚知した。通報は計22件。いずれも切迫した状況を伝える内容だった。
第1スタジオの2階で仕事をしていた被害者の一人は、「ギャー」という女性の声が聞こえた瞬間、イヤホンを外して振り向いた。らせん階段から白い光が見え、「ボン」という音とともにキノコ雲のような黒い塊が上がってきた。
「午前10時48分に到着した時にはすでに多数の隊員が走り回っていた。車両は近くまで入れず、住宅街の道路に止めて現場まで走った。35年消防官を続けているが、これほど凄惨(せいさん)な現場は初めてだった」
救助にあたった京都市消防局職員は公判で明かされた供述調書で振り返った。
同じころ、京アニ前の路上では、仰向けに倒れていた青葉被告に対して警察官が声を上げていた。
「なんでやった? おい、言わなあかんぞ。言え」
「パクられた」
「何を?」
「小説、小説」
「何で火をつけたんや」
「ガソリン」
「あそこは知っとる場所か?」
「知らねえよ」
「全く関係ないところか? 知らなきゃやらないだろ」
「お前らが知ってるだろ」
「何人もケガをしている。あなたには言う義務がある」
「お前らが全部知ってるんだろ、全部知ってるんだろ」
「想像する感情を持てたら」 裁判の最終盤、言葉にわずかな変化
青葉被告はそのまま身柄を確保された。
やけどは全身の9割以上。皮膚の移植手術などを繰り返し、意識が戻ったのは約1カ月後。約10カ月の入院治療後に逮捕された。
起訴状によると事件当日、第1スタジオの正面出入り口から侵入し、バケツに入れたガソリンを1階中央フロアで社員に浴びせかけるなどして放火。3階建てのスタジオを全焼させ、当時70人いた社員のうち36人を殺害、34人を殺害しようとし、うち32人を負傷させたとされる。
毎回出廷した青葉被告は当初、事件当時の心境を問われ、「ひと言で言うとヤケクソという気持ちだった」「やり過ぎたと思っている」「怒りが先行していた部分があり、短絡的に考えていた」などと述べ、明確に謝罪と受け取れる発言はなかった。事件を起こした日付を間違えて答える場面もあった。
公判には多くの遺族や負傷者も参加した。
「1歳4カ月だった娘は、いっぱいおしゃべりをして、絵を描くようになり、自転車に乗るようになりました。夫は、一緒にこういう時間を過ごしたかったんでしょう。幼い子どもから父を奪ったことを忘れないでほしい」。事件で犠牲になった宇田淳一さん(当時34)の妻は法廷で声を震わせた。
栗木亜美さん(当時30)の母親も法廷に立ち、「本当に自慢の娘でした。娘を返してと、叫びたい気持ちでいっぱいです」と声を絞り出した。
兼尾結実さん(当時22)の母親は被告を数秒間にらみつけた後、こう語った。
「なぜこんな目に遭わなければならなかったのか。こんな幼稚で独りよがりな男の思い込みで、たくさんの人の命が奪われました」
最終盤になり、青葉被告の言葉にわずかに変化が見られた。
「一人ひとりに生活や家族があって、夢ややりたいことがある環境があったと考えた時に、犯行前に想像する感情を持てたらと悔いが残る」
「申し訳ございませんでしたという言葉しか出てきません」
公判は昨年12月7日、結審した。
この日、池田(本名・寺脇)晶子(しょうこ)さん(当時44)の夫(51)は、5回目の意見陳述に立ちこう述べた。
「一度ならず二度、更生に失敗している。その結果として、36人の命が理不尽に失われた」
検察側は「日本の刑事裁判史上、突出して多い被害者数。地獄さながらの状況にさらされた被害者の恐怖と絶望感は筆舌に尽くしがたい」と述べ、死刑を求刑。弁護側は犯行に妄想が大きく影響していたとし、心神喪失で無罪か、著しい心神耗弱で減刑すべきだと反論した。
審議の最後に裁判長から「最後に何か言いたいことがあれば」と問われた青葉被告は、マスクを外し、淡々とした口調で語った。
「質問に答えるとか自分でできる範囲でちゃんとやってきたので、付け加えて話すことはございません」
◇
判決は1月25日に言い渡されます。
どうすれば事件を防げたか――連載を始めるにあたって
捜査段階の青葉被告や関係者の供述調書、公判でのやりとりや取材などを通して、青葉被告の育った境遇や職を転々とした派遣労働時代、小説家を目指して挫折した経緯などが次々に明らかになってきました。
しかしながら、青葉被告の言葉には妄想が含まれていて、供述をそのまま事実と捉えられない部分もあるとみられます。
「そんな青葉被告の言葉を克明に紹介する必要や意義はあるのか」「言い分を一方的に垂れ流すことになり、ご遺族や負傷者を傷つけないか」。取材班では何度も議論をした上で、この連載をお届けすることにしました。
なぜ事件は起こったのか。どうすれば事件を防ぐことができたのか。もしかすると、それを知る手がかりがあるかもしれない。そう考えたからです。
これから数回に分けて、青葉被告の半生と事件に至る経緯を追っていきます。
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- 【視点】
関係者の供述調書や公判記録に基づいて描かれる迫真のドキュメント。連載を始めるにあたっての所感を取材班はこう述べている。 〈「青葉被告の言葉を克明に紹介する必要や意義はあるのか」「言い分を一方的に垂れ流すことになり、ご遺族や負傷者を傷つけな
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