伝説を生んだ一枚の「歩」 将棋道場席主と少年の半世紀
1976年12月24日、イブがクリスマスに変わろうとする真夜中の出来事だった。
33歳の電気工事士だった八木下征男(ゆきお)は埼玉県内の現場で別の場所へと移動するトラックを待っていた。
寒さに震えながら足元を見つめていると、砂利の上に光る木片を発見した。拾い上げると、使い古された「歩兵」だった。
定まらない日々に忙殺されながら、新しい人生の可能性を探していた青年は一枚の駒に天啓を見る。
「将棋道場をやれ、という啓示だと。思い込んじゃって、思い切ったんです」
大好きな将棋の道場を、と計画して盤駒15組を購入して自宅に積み上げていたが、踏み出せなかった。最後の勇気をくれたのは道端に落ちていた歩だった。
「八王子将棋クラブ」の開所から1年半が経過した78年10月28日、小さな少年が道場を訪れた。ドアの奥で、お母さんの背中に隠れながらこちらを見ている。記入された名前を見て、2カ月前の大会に出てくれた子だと分かった。珍しい読み方をする名字が記憶に残っていた。まだ小学2年生で初心者。飛角桂香なしのハンデ戦でも勝負にならなかった。
「でも、まっすぐな瞳をしていた。本当に将棋が好きなんだなって」
八木下さんの一計に、うれしそうに笑った小さな男の子は、この後、普通の子とは異なる成長曲線を描いてきます。
通ってくれたら、と願う八木…
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