節目の秋、好対照な落語会 「林家のお家芸」と「相撲も楽しむ」
芸歴ウン十周年とか還暦とか、人生の節目を記念する芸人の企画が花盛りだ。正攻法でお家芸を聴かせる人、そんな風潮をちゃかした催しをする人。好対照な2人の落語家に聞いた。
入門40年、林家染二「変える勇気」
1984年入門の林家染二は昼夜2席ずつの独演会を開く。トリでは林家らしい噺(はなし)を選んだ。
昼の「景清」は、失明した細工師の定次郎が清水の観音さまに日参する。満願の日に目が開く。桂米朝や江戸の八代目桂文楽ら大半の噺家はここで終える。
林家には続きがある。見えるようになった定次郎が大名行列に入って暴れるという、歌舞伎の「景清」のような荒事を加える。
昨年から練り直した。「大事なのは人権感覚」と、目の見えない人がいたずらされて笑われる場面をやめた。
人物像に一貫性を出そうと、酒や遊びに溺れて失明した理由をつくった。「必然性と共感」をもたせる一方、三代目市川猿之助譲りの所作で楽しませる遊び心も。
初演から20年以上経った。噺について調べ、経験を積んだ。師匠の林家染丸から教わった型を「変える勇気が持てるようになった」という。
夜は「不動坊」。明治時代に二代目林家菊丸がつくったとされる。こちらも、客死した講釈師、不動坊の妻お滝が四十九日の前に再婚するのが打算的にみえないように、といった工夫をする。
江戸落語で口演する人も多いが、上方では季節を冬としている。雪の降る真夜中に屋根に上り、長じゅばん姿で幽霊を演じる講釈師が「なんで引き受けてしもたんや」としみじみ悔やむ。そんなおかしみが隠し味だ。
笑福亭仁鶴から、米朝の型で…