鯰尾「なるほどね……。 また家族か」
審神者「どうして私ばかりあっちの気持ちがわかって、あっちは私の気持ちをこれっぽっちも考えようともせず、自分の気持ちを私に落ち着けて来ようとするんだろう……。
いや、わかるよ、だってわかるもの、私は考えたもの。
私にとって母親は最低最悪のゲスなやつだけど、あの人は悪人じゃなくて普通の人なんだよ」
骨喰「それは、第三者的な立場から見て、という意味か?」
審神者「うぅん。 第三者とか関係なく、色々と総合的に考えて普通の人なんだよ。
「まだ小さかった子供の頃、、伯父さんが集めていたカードを婆ちゃんが全部燃やして、それ以来やさしかった伯父さんの性格が今みたいに捻くれた、私あれ見てこの親は本当に酷い事をするなと思った。あんたから見たら婆ちゃんは優しそうに見えるかもしれないけど、あの人だいぶ酷い人だから。
爺ちゃんの病気が治るとか騙されて、私と伯父さんが働いて稼いだお金もお給料全部あのババアに取られて寝る間も惜しんで実質タダ働き、お兄ちゃんだって本当はもっと勉強したいって言ってたのlに無理やり働かされてさ……挙げ句300万騙し取られて全部宗教団体に寄付して爺ちゃんも結局死んじゃってお金も返ってこなくて……それでもまだ神や仏を信じているんだから、馬鹿なんじゃないの?
あれがあったから私はもう神も仏も信じない。 あんなものに金を使うくらいなら貯金した方がずっとマシ。
大体、私たちの為には一銭もお金を使ってくれなくて毟り取る癖に、親戚には良い顔して葬式代まで全部出してあげるとかあり得ない。
うちが富豪ならいいけど、うちだってお金ないんだよ?なんで親戚といえど遠くに居て見舞いの一つにも来ないような人達に大金使って身近にいる私たちからは毟り取るの?
あんなの金をばら撒いて自分が良い顔したいだけじゃない。
私だったら自分の子供の為に絶対にお金を使う、あんな風に他人の為にお金を使ったりはしない。
だから私のお金はあんたと弟に全部あげるの。 私って良い親でしょ?」。
…………わかる?」
鯰尾「………うん。
根っからの悪人じゃない。 同情に値する事情がある。
だけどそれと同時に、目の前にいる自分の子供ではなく、自分の子供を通して過去の自分を見てそれを慰めようとしている。
自分のしてほしかった事はしてやりたいけど、主がしてほしい事には無関心で興味がない。
大切にしていて大切に思っているのは事実だけど、そこに主への愛情はない。
……あぁ、そっか。
それで主ってそういうのに過敏で、本当の相手の心を考えようともしないのに目の前の相手に自分の理想をただ当てはめてそれに対して「愛している」って自分の感情を向ける人が嫌いなんだ?
愛していないことに無自覚で愛を語りながらそれに気づく様子もなく、自分の大切にしたいように大切にしながら自らの欲を「愛している」という言葉で吐き出す姿が、自分の母親と重なるから」
審神者「……………」
鯰尾「その顔は自分でも無自覚だった感じ?」
審神者「私って気持ち悪い……」
骨喰「なんであんたが?」
審神者「だってそれって同じじゃん。
昔のことをなんとかしたいのに、昔を想起させるものに当たりまくる姿が……。
吐きそうなくらい気持ち悪い……」
骨喰「……過去に囚われていないやつなんて、存在しない。
誰だって何かしらの過去に囚われて今の自分があるものだ。
過去がなければ、今の自分はない。 良くも悪くもな」
審神者「…………。
指摘したことはあるの。
「私だって家族と仲良くしたい。
でも、あなたのそれは自分が親にしてほしかった事を私にしているだけで、私とコミュニケーションを取ろうとしていないから話ができない。
それがそもそもの大きな問題で、そこをまずは自覚して改めてもらわないと仲良くはできない。
あなたの理想の家族はあなたの理想であって、家族の理想じゃない。
それを話し合えなくて押し付けようとして、押し付けられるのが嫌で拒絶して怒鳴り合う。
上辺だけ良く見せようとしたって駄目、そんなのあなたに合わせてあなただけ笑顔でこちらはずっと辛いまま。
あなたはそれがいい、そうしたいと言ってくるから、私は拒絶するんです。
そんな私がどうすればあなたを拒絶せずに仲良くできるか、わかりますか?」
って母親の機嫌が良い時に言ったらなんて返されたと思う?
「そんな難しく考えなくていいじゃん、家族なんだから楽しくやろうよ」だってさ」
骨喰「………」
鯰尾「びっくりするほど会話ができていないね」
審神者「そう、それが一番の何よりの問題だったの。
母親が、難しい会話ができるほど知能が高くなかった。
これが相手が子供だったなら一つずつ説明して諭すこともできるけど、自分が大人の自覚がある人間は他人の……ましてや年下で自分の子供の諭しの言葉なんて聞く耳を持ちやしない……。
どんなに真剣に一から説明して語っても、お皿洗いをしている時にテレビから流れてきた見知らぬ何かの専門家のよくわからない説明のように聞き流される……。
私の言葉に耳を傾けてはもらえない、私と目を合わせてはもらえない。
どんなに言葉と心を尽くしても、いつだってあの人は私の心と向き合ってはくれない……。
機嫌が良い時ほど知能が低くてそんな回答しかもらえない。
だから逆に機嫌が少し良くなくてそれでいて話ができそうなタイミングで同じようなことを言ったの。
そして返ってきた言葉は、「要するにあんたは私のこと嫌いで私を責めたいんでしょ?」。
…………あの人は、自分が受け取りたいようにしか言葉を受け取ってくれない。
こちらがどういうつもりでその言葉を紡いでいるのか、簡単な言葉でさえ相手の真意というものを一切考えてくれないの。
自分の価値観でしか世界を見られない、自分と他人が違う世界を見ていることも理解できない。
子供の頃からずっとなんとかしようとし続けて、話して、訴えて、懇願して、時には頭を下げて……それでもどうしても、無理だった。
「お金をあげるから、私はあなたを愛している」「私はあなたが大切だから、あなたを愛している」……。
あなたのそれらの価値観や愛情はわかった。
あなたのそれを私は否定しない、確かにあなたは私を愛してくれている。
でも、あなたは”私”を愛してくれてはいないの、だって“私”の言葉を聴いてはくれないから……。
どんなに必死に訴えても、どれだけ順を追って事細かに説明しても。
あなたは都合の良いように解釈するだけで、私の気持ちを考えてはくれないから。
私があなたを認めたほどに、あなたは私を認めてはくれない。
ただただ私に認められ続けたいとだけ思っている。
なのに私が認める母親になりたいという気は一切ない。
“自分”が認められなければ意味がないから。
あぁ……本当に似ているな……気持ち悪い……。
なら結局、一緒にはいられないんだよ。
私は絶対に、あの母親を認めないから。
理解はするけど、認めはしない。
けど、否定はしたくないしこれ以上関係を悪化させるのも嫌だし、何より理想を毎日毎日押し付けられて私が上手く合わせられない度に詰られたり、あなたが笑って語る悪事の数々に目を瞑るのはもう嫌だ。
……なんでわからないのかな。
そっちが不正や違法を笑って「みんなやってるから」とか「やらないやつは馬鹿」とか言えて平気な性分でも、私はそれが苦しくて辛くて仕方ない。
家族で一緒にいたいだけなのに、仲良くしたいだけなのに。
なんでいつも万引きをするの? なんでいつもゴミ箱を漁るの? どうして「してはいけない」と張り紙に書いてあることを平気でするの? どうして自分の都合でレジの人を怒鳴りつけてその事を笑って話せるの?
私は辛くて堪らない……苦しくて堪らない……許せなくて、家族と一緒にいたくて、許せなくて、仲良くしたくて、だけどこんな家族と一緒にいるのが堪えられなくて、だけど家族と一緒にいたくて、だけどそれに堪えられなくて!
その気持ちを話しても、わかってもらえなくて……「みんなやってることじゃん」「悪いことじゃないでしょ」「なんでそんな事気にするの?」「そんなだからいつも貧乏くじ引くんだよ」「そんな馬鹿な生き方してるから幸せになれないんだ」「もっと賢く生きなきゃ。あんたただでさえ鈍くさいんだし世の中生き抜けないよ」「こういう事をしっかりやれる人間が幸せになるんだから。あんたの婆ちゃんみたいに善人ぶってると良いことなんて何もないよ。結局世の中は金なんだから、金だけ大事にしていればいいの」」
骨喰「…………」
審神者「受取拒否も考えたけど……そしたら自殺してもおかしくない。
何せあの人が私を大切に思っているのは紛れもない真実だから。
こうやってお金を送りつけてくる親っていうのは、うちの場合は過去の事情もそうだけど、それ以外にも「自分はこんなに子供に何かをしてやれる、子供にとって必要な存在なんだ」と自分で自分に認識させる為にやっている。
お金を渡す以外にしてやれる事が何も思いつかない。
そんなことを考えて悩むのも億劫だし、そんなのは自分にはできないしやりたくない、考えたくない。
だけど自分は子供にとって不要な存在になりたくない、必要な存在でいたい……そんな親がやる短絡的で何の解決にも本当の愛情の表現にもならない自分の為の自己肯定の方法が子供にお金を送ること。
それは金額が大きければ大きいほど、親の気持ちの大きさと比例する」
鯰尾「幾ら入ってたの?」
審神者「数えてないけど100万ぐらいかな」
骨喰「……子供が心配だからと、簡単に渡せる金額ではないな」
審神者「あの人はなんでもお金に換算するんだよ。
自分の子供の心さえ、こうしてお金で買おうとしてる。
そういうところが嫌いだって何十年も言ってるのにね。
嫌われてでも愛したい? そんなの愛じゃないよ。
そんな自分で自分を満たしたい、相手の心を考えない自分勝手な行為を愛情だなんて考える連中は許せない。
愛は相手を愛することじゃない。 相手の心を愛することだ。 心がわからない相手を、愛しているだなんて何故言えるの?
そんなに簡単に、人は誰かを愛せないんだよ。
だって他人の心がテレパシーのように伝わってわかる人なんていないから。
だから、わからないそれを、それでも相手をわかりたいと願って考えて、願望や理想やイメージじゃない、相手の心を考え続けることが「愛している」ってことなんじゃないの?
なんで人間はみんな、みんなみんなみんなみんな、そんなこともわからなくて愛していない人に「愛している」って言って色んな人を傷つけるの?
好きだと思う感情も、大切だと思う気持ちも、愛なんかじゃない。
そこで止まって、目の前の相手の心を何一つ考えないなら、自分の理想や願望を相手に押し付けるだけなら、そんな好意は断じて愛じゃない。
なんで、ほとんどの人間が、そんなこともわからないの……なんでこの世にそういう常識がないの?
なんで「大好き」を「愛してる」って言葉で言うの? どうして「愛している」で解釈して、その考えを譲ろうとしないの?
わかるよ、愛している気持ちを否定されるのは嫌だものね、愛しているという尊い存在でいたいものね?
だからきっと、この価値観はちょっとやそっとじゃ覆らない……。
私の母親だけじゃない、たくさんの人がそうだから。
「愛」という言葉の意味は、もうほとんど機能していない。
それはつまり、この世界から「愛」という言葉に宿っていた意味が失われたということ。
…………こんな世界に生まれてきたくなかった」
鯰尾「主が生まれてこない世界なんて、そんなの嫌だよ。
主が幸せに生きてきた世界も、そんなのは嫌だ。
俺はそのどうしようもない傷を負った、歪んで擦り切れて世界を愛して憎んでる主が好きなんだから。
何度も言うけど、主がどこにでもいそうな平均的で平凡で普通のことしか言わない人だったら、俺はこんなに主を好きにはならなかった。
鯰尾藤四郎を世界で一番幸せにしてくれる人がこの世に存在しなくなるなんて、そんなの嫌だよ」
審神者「勝手に鯰尾藤四郎を代表するようなこと言わないで下さい……。
大体、鯰尾を世界で一番幸せにできるのは、私じゃなくて………」
鯰尾「……旅立つ前の俺、幸せそうだった?」
審神者「……………。
それでも、鯰尾を一番幸せにできたのはきっと彼だった」
鯰尾「そんな幸せな俺はそもそも俺じゃない。
あの日の俺があったから今の俺がいて……今の俺を世界で一番幸せにしてくれるのは間違いなく主だよ」
審神者「リップサービス……」
鯰尾「言葉だけじゃなく口づけもサービスしてほしいって?」
審神者「そういう意味じゃねーから」
骨喰「……………主殿は、家族のことが好きなんだな」
審神者「嫌いだよ。
……昔母親に言われた「子供は欲しかったけど、あんたみたいな子供は欲しくなかった」。
私もそれと同じ、「家族や母親が欲しかった、でもあんな家族や母親は欲しくなかった」。
幸せな家族の形を求めているのは私も母親も同じ。
でも、私と母でびっくりするぐらいそこに求めている相手のイメージ像が違う。
私はね、相手を変えることはできないし、私だってもう我慢して母親に合わせるのは耐えられない。
だからあんな母親でも、ちょっとでも良好な関係を築けるように話し合おうとした。
良好な関係になれなくても、互いに良好な関係になろうという相手の気持ちを汲むことができれば今より絶対にいいと思ったから。
憎くて嫌いで殺したいほど恨みしかない母親のことも、母親の立場で今まで聞いてきた話を総合して考えてその気持を全部ではないだろうけどある程度は理解して納得して、憎しみや恨みや殺意とは別に心の片隅に置いて母親を見誤らないように、母親と話ができるように……足りない部分や間違っている部分があれば訂正して補ってもらえるようにその視点は常に持って接した。
……でも、私の母親は終始“私”なんて要らない扱いなんだよ。
接したいのは“私”じゃなくて“理想の子供”で、“私”なんて邪魔なだけ、
無視したり、排除したりしようとしても、こっちを見て、差し出した手を取ろうとなんてしてくれない。
母は私に必死に訴えるの「仲良くしよう」「私が悪かった」「あんたに恨まれてもいい、それでも私はあんたを愛してる」」
骨喰「…………」
審神者「私が「自分の何が悪かったと思うの?」って聞くと「私が悪かった」って言うの。
「何が悪かったの?」って聞くと「私が悪かった」って言うの。
で、これを聞き続けると「なんで悪かったって言ってるじゃん!」ってブチ切れるの。
「何が悪かったか明確に答えられないのは、自分の何が悪かったのかわかっていない、口先だけの証拠だよ。わからなくてもいいから、「自分が悪かった」なんて安易な結論で終わらせようとしないでもっとよく考えて。その「悪かった」ことを理解して原因をなんとかしないと上辺だけ一時的に仲良くしたって同じことの繰り返しだよ」って答えると「だから私が悪かったって言ってるでしょ!?結局あんたは私のことが嫌いなんでしょ、大嫌いなんでしょ!?」って言って泣き出すの。
おまけに精神科から「お母さんは何も悪くないよ。そんなに自分を責めないで」って言われたらしくて、もうその後は散々「先生は「お母さんは何も悪くない」って言ってたんだよ。「お母さんはよくやってる」「お母さんは頑張りすぎだ」って。だからあんたが悪いんだ!あんたは私に色々言うけど、自分が私を苦しめていることもちょっとは考えたら?もうこれ以上私のことを苦しめないで、私は病気なんだ、病人なんだ。あんたのせいで病気になったんだ!私の病気を悪くするようなことをもうこれ以上言わないで!先生からも「頑張るな」って言われているの!もう私に頼らないで、何も言わないで、自分のことは自分でやって。家族みんなのせいで私はこうなったんだから!」ってさ……。
精神科のやつらは家族の被害なんて考えないんだろうね……。
知り合いの親も精神科に行っていて、その子も親から同じような事を言われて罵倒されたり泣き落としされたりして精神科を毛嫌いしていたから、ものすごく気持ちがわかった。
精神科にとって、患者の家族は蚊帳の外。
そうじゃない人ももしかしたらいるのかもしれないけど、きっとそういう人って少ない」
鯰尾「まあ……患者を診るのが医者の役目だからね。
中々外側にまでは気が回らないのかも。
それにそういうのって患者側も自分にとって都合のいい話しかしなかったり、話を自分が良く見えるように脚色したりするだろ?
なら付き合いの全くない他人の助言がそれに合わせた形になっちゃうのは当然だ」
審神者「……私はあの人が嫌い。
母親からの愛情は欲しかったけど、あの人は無理。
もう軌道修正もできないくらいに、あの人は自分のことしか考えていないし考えようとしない。
それがあの人で、あの人はあの人だから私の都合で変えることはできない。
折り合いをつける話し合いも無理だったんだから、本当に無理……。
だから拒絶しまくって離れたのに……それでも私の気持ちを無視して自分の欲を貫こうとする。
「絶縁しよう」「家族やめよう」ってあの人の方から言われたこと、それこそ小4ぐらいの頃から何度もあるんだよ?
なのに私から離れたらこれ……本当、ムカつく」
骨喰「…………」
審神者「………ごめん、大丈夫。 慣れてる。
……ちょっと横になりたい」
鯰尾「うん。 休みな。 俺たちは傍にいてもいい?」
審神者「……………。
うぅん、いい、大丈夫。 ちょっとお家帰る。
あとでまた……戻って来るから」
骨喰「……わかった。 俺と兄弟はここで待っている。
何かあったら呼んでくれ」
審神者「うん。 私のせいでふたりにはいつも嫌な思いさせてごめんね……」
骨喰「そんな思いはしていない。 大丈夫だ」
鯰尾「病める時も健やかなる時もってやつだよ。
俺も兄弟も傷だらけでボロボロの主を好きになったんだ。
昔みたいに隠したり抱えたりせずに話してくれてありがとう。 愛してるよ」
審神者「……あり、がとう…」
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