審神者「……………」
鯰尾「あーるじ」
審神者「なに?」
鯰尾「夜空を見て何考えているの?」
審神者「…………。
手紙が届くのは明日だけど……。
今頃なのかなって……過去に対して今頃って言うのも変な話だけどね」
鯰尾「…………」
審神者「なんですかー?」
鯰尾「あいつの分まで主にぎゅーってしたくなった」
審神者「菖蒲はそんなことしないって」
鯰尾「じゃあ俺がしたいからする。 それならいい?」
審神者「寒いですしね。 いいですよ」
鯰尾「ありがと。 ……こうしていると妙に落ち着くや」
審神者「……鯰尾はさ」
鯰尾「ん?」
審神者「答えなくていいけど……。
っていうか、答えないでほしいんだけど……。
……鯰尾は、何を思い出したの?」
鯰尾「失くした昔の記憶だよ。 それがどうかした?」
審神者「そうじゃなくて、もっと具体的に」
鯰尾「俺と、前の主が焼かれた時のことを思い出した。
手紙にもそう書いただろう?」
審神者「…………」
鯰尾「この答えじゃご不満?」
審神者「……刀剣男士の記憶は、人が語る物語によって形成されている。
それは自分の記憶で自分の過去を誤解していた山姥切国広や今剣を見れば明らか。
彼らは修行先で自身の物語を多角的に捉えることで、誰かが語り継いだ一方的な視点だけじゃない。
他の視点で語られている自分の姿を知り、今の自分とその立ち位置をしっかり掴んで帰って来た」
鯰尾「…………」
審神者「鯰尾は……。
貴方の物語は諸説ある。
『大坂城で前の主と共に燃えた』の一言では、その記憶の全ては語り尽せない。
……紫電は言ってた。
自刃に使われたことを思い出したって。
だけどそれは私の知る限り、『そういう説もある』という鯰尾藤四郎に纏わる物語のうちの一つ。
だから……一振り目の貴方が思い出した記憶は、違う過去なんじゃないの?」
鯰尾「…………ふぅー。
……主は俺のこと、何もわからないんだね」
審神者「わ……、わからないですよ。 申し訳ありませんね」
鯰尾「うぅん。 ありがとう。 わからないでいてくれて」
審神者「はい?」
鯰尾「……あぁ、でも、何もっていうのは訂正。
一つ、とってもわかってくれていることがある」
審神者「何?」
鯰尾「秘密」
審神者「えー。 教えてよ」
鯰尾「教える必要なんてないだろ。 主はわかってるんだから」
審神者「何がわかってるんだかわからねえ……」
鯰尾「あははは。 大丈夫。 主がわからなくても、俺はわかってる」
審神者「だいじょばねーのです。
……菖蒲は何を思い出しているのかな」
鯰尾「見当がつかない?」
審神者「…………」
鯰尾「その顔はついてるっぽいね」
審神者「あの子の異様な人間嫌い……。
いや、嫌っているのとはちょっと違う……。
なんて言うの? 笑顔で丁重に突き放してくるあの感じ。
私の顕現のさせ方の影響なんだと思ってた。
……実際、それが大きいんだと思う。
でも……………」
鯰尾「……前の主のことが、俺は大好きだった。
会話なんて出来ないし、したこともない癖に、まるで心が通い合っているみたいに感じてた。
俺が愛しているのと同じように、愛してもらえてるって……言葉で通じ合えなくても、この気持ちは通じ合えているって。
よくある恋愛の初期状態かよ!ってくらいに……心で愛し合えていることを、信じてた。
そんな気分で相手に想いを寄せていた時に、急に物扱いされて炎の中に置き去りにされたりしたら……ね」
審神者「…………」
鯰尾「行かないでほしい、連れて行ってほしい、それが無理ならせめて一度だけでも振り返ってほしい……。
その思いが何一つ届かなくて、「ああ……、届かないんだな。 今までも、俺の気持ちは一度も届いていなくて、何一つ伝わっていなかったんだ。 ずっと一緒にいたようで、こんなにも……俺たちの距離は、距離なんてもので表せないくらい、どうしようもなく遠かったんだ……」ってようやく現実が見えた。
好きだった気持ちが千切れたその痛みが鋭くて、何も伝わっていなかった虚しさが、なんだか……おかしくてさ。
痛みが激しいほど、目に視えないこの心が愛されていると自惚れた自分の浅はかさを後悔した。
……自分を置いて逃げた、あの人のことが憎いんじゃない。
あの人は人間で、俺は刀だった。
その当然の事実をあの人は正しい認識で受け容れていただけで……。
……俺が、勝手に、愛されてるって誤解して、勝手に傷ついただけだから」
審神者「……」
鯰尾「そんな事があったら、後悔して強く願うはずだ。
『もう二度と、こんな誤解はしたくない』って。
記憶を失くしても、その思いは忘れないぐらい、強く……」
審神者「……鯰尾も、そうだったの?」
鯰尾「俺? 俺は違うよ。
現に出会った頃から主に対しても馴れ馴れしかっただろ?」
審神者「そ、そうだけど……でも、今、」
鯰尾「主は俺のこと、何もわからないんだね。
……つまりはそういうこと。 ……意味、わかる?」
審神者「…………」
鯰尾「今のはあくまで、俺が想像した二振り目のあいつの心の代弁。
あいつの事だから。思い出した過去のことは何も語らないような気がするんだ。
だからこれは、ささやかな嫌がらせだ」
審神者「嫌がらせ?」
鯰尾「うん。 ……俺は、主のお陰で色んな心の整理がついた。
整理なんてつけたくなかった事さえも……。
上手く整理して、大事な記憶として胸の中に過去の自分と一緒にしまえたんだ。
……この上なく面倒な男だけど、あいつの心にも寄り添ってくれたら嬉しいな」
審神者「安心して。 彼以上に面倒でややこしい男を知っているから」
鯰尾「誰?」
審神者「貴方」
審神者「…………」
鯰尾「……俺の手紙を読んだ時も、そんな顔してたの?」
審神者「さあね。 自分の顔なんて見えないからわからないです。
だけど……胸がキュゥッとなるこの感じは変わらない。
これで3度目なのにね……。
慣れて消えちゃう気配がまるでないや……」
鯰尾「元気出して」
審神者「元気だよ……」
骨喰「そうは見えない。 飯ぐらい食ったらどうだ」
鯰尾「え、食べてなかったの?」
審神者「菖蒲も食べてないような気がするから、なんとなく……ね」
鯰尾「大丈夫だよ。 あいつは今頃、刺身と天ぷら食ってるから」
審神者「ねーよ! このテンションで刺身と天ぷらはねーよッ!! 絶対に、ない!」
鯰尾「なんで見てもないのに絶対にないってわかるの?」
審神者「それがわかるのが心というものだ。
間違えもするけど、でも……心があるから証拠も何も無くても、それは絶対に違うと確信を持てることもある」
鯰尾「不思議だね」
審神者「……絶対じゃないとは思ってる。
鯰尾が言うように刺身と天ぷらを食べてる可能性だって冷静に考えれば色々出てくる。
せめてご飯だけでも美味しい物をとか、二振り目たちと何かの思い出があった料理とか、彼の意思じゃなくて彼を取り巻く周りの流れでそういう事になってしまった可能性とか……絶対にそれはないと確信を持ってそう思えるのに、絶対にないとは断じられない」
鯰尾「うん。 それでいいんだと思うよ。
絶対にこうだなんて、良くも悪くも決めつけたらその先には行けない。
どんな物事も、これで間違いないと思えることさえ、それ以外やそれ以上を考えることがきっと大事だから。
……ってことで、自分の体のことを考えてご飯を食べよう。
そしたらきっと胸のキュゥも落ち着くよ」
審神者「……ん」
骨喰「何が食べたい? 用意してやる」
鯰尾「本当に? じゃあ刺身と天ぷら」
骨喰「自分が食べたかったのか……」
鯰尾「えへへ」